ノルウッディア・ベラスピナ

ユタ州ミラード郡のウィークス層(カンブリア紀)の産。ユタ州三葉虫の特産地ともいえるところで、ハウスレンジ(House Range)という名前を記憶している人も少なくないと思う。ウィークス層もそのひとつで、小粒ながら特色のある三葉虫を産するので有名だ。

ウィークス産の三葉虫では、ケダリア(Cedaria)、モドキア(Modocia)、メノモニア(Menomonia)といったところが一般的で、入手もそうむつかしくない。しかし、それら一般種を除外すると、いきなり高額帯に連れ出されてまごつくことになる。私がこの産地のものでとくに興味をもっているのがトリクレピケファルス(Tricrepicephalus)。その特異な姿ははげしく所有欲をそそるが、価格はともかくとしても、市場ではまずお目にかからない。ミネラルショーなどで持ってこられても、妥当な値段だとすぐに売れてしまうだろう。結果的に幻の三葉虫として、私のところには回ってこないと思われる。

トリクレピケファルスが無理でも、三葉虫愛好家としては、なにかひとつくらいはウィークス産を押さえておきたい。そう思って目をつけていたのがノルウッディアだ。もちろんこれだってそうたやすく手に入るものではないが、今回は例によってヤフオクでの落札というかたちで手に入れることができた(多少値段を吊り上げられたが)。大きさは約18㎜。


Norwoodia bellaspina


ノルウッディアという、多少ともビートルズを連想させる(Norwegian Wood)名前のせいで、わりと最近に発見された種類ではないかと思っていたが、調べてみると命名者はあのウォルコットで、1916年に模式種 Norwoodia gracilis が記載されているという。1916年といえばもう100年も前の話だ。この N. gracilis はユタ州ではなく、アラバマ州で採れたものらしい。

2010年のBPMの図鑑では、本種は Norwoodia sp. としてあるが、一般にはベラスピナ(bellaspina) の名前で通っているようだ。これは1990年に M.A.Beebe という人が提案した名前らしい。意味するところは「美しいトゲ」。同産地で似たような名前をもつ近縁種(?)にゲロスピナ(Gerospina schachti)というのがある。これはベラスピナより一回り大きく、額環からのトゲが生えていないタイプ。

さて私がノルウッディアに惹かれた理由として、その母岩の独特な色合いがあげられる。少なくとも三葉虫に関するかぎり、他の産地でこのような色をもつものを知らない。このおよそ石灰岩らしくない赤い母岩が標本の美的な価値を高めているのは疑いないのだが、現物を手に取って眺めてみると、いくつか奇妙な特徴が見つかる。まずこの母岩が3㎜ほどの薄い板であること、またこの薄い母岩のほんの表層のみが赤い色をしていて、その1㎜ほどの層の上に三葉虫が載っていること、母岩の裏側をなす部分は表側とは似ても似つかない、まるで別ものの観を呈していること、などだ。


裏面


こういうのを見ていると、この標本が自然の産物というより、人間の手の加わった、一種の人工物に見えてくるのはやむをえない。

私のカメラでは、母岩の赤い色はうまく撮れなかったけれども、本種のよい画像はネットでいくらでも見られるので、あまり気にしなくてもいいだろう。


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今回の標本はほぼ完璧だが、ただひとつ、尾板を欠いている。なんとなく寸詰まりにみえるのはそのせいだ。本種の尾板はきわめて小さいが、いちおう畝は二つついているらしい。いずれにしても本種のような小粒の、しかも保存のきわめていい三葉虫を楽しむには、10倍のトリプレットルーペは必須だろう。

トリプレットルーペはいろんなメーカーのものが出ているが、宝石鑑定をするわけではなく、標本の全体をゆるゆる眺めたいという目的で使うのなら、多少値段が高くても径20㎜以上のものを買うことをお勧めする。私は Beco というメーカーの21㎜のものを買ったが、まったくストレスなく使うことができる。

オギギオカレラ・デブッキイ

今回取り上げるのはウェールズのオギギオカレラ。いちおうアングスティッシマ種とのことだが、やはりというかデブッキイ種の線が濃厚だ。まあ見た目はどっちもほとんどいっしょだからあまり気にすることはないのだが……


Ogygiocarella debuchii


ローレンスとスタマーズの共著「世界の三葉虫」には、イングランド産5ヶ、ウェールズ産10ヶと、合計15ヶものオギギオカレラの標本が載っている。そんなにたくさん載せる必要があるのかどうかは別として、それだけ多産する、つまり英国を代表する種類であることは確かだろう。

今回の標本は、裏側の母岩を貼り合せた接着剤の痕も含めて、かなり年季が入っているようにみえる。おそらくオールドコレクションの放出品であろう。新規に整形された、できたての標本ももちろん魅力的だが、こういう古い標本には骨董品のような魅力がある。化石自体の古さに加えて、ものとしての古さが古物愛好家の心に訴えるのである。

本体の大きさは95mmで、一般に出回っているもののうちでは大きいほうだと思う。


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三葉虫の分類の最初の試みとされるブロンニヤールの1822年の論文。ここにみられるオギギオカレラはまだアサフスと呼ばれている(Asaphe de Debuch, Asaphus debuchii)。別にオギギア(Ogygia)という名称があるにもかかわらず、である。ブロンニヤールはアサフス目を設けて下記の5種類の三葉虫を配した。

1. Asaphus cornigerus (= Asaphus expansus)

2. Asaphus debuchii (= Ogygiocarella debuchii)

3. Asaphus hausmanni (= Odontochile hausmanni)

4. Asaphus caudatus (= Dalmanites caudatus)

5. Asaphus laticauda (= Eobronteus laticauda)

カッコ内は現行の名称。これでみると、こんにちでもアサフスに属するとされるのは 1) と 2)のみだ。1) はスウェーデンおよびロシアで産するアサフスで、ヴァーレンベリの命名になる古典的なもの。3) と 4) は今日ではダルマニテス科に属する。5) はスクテルムの一種で、スウェーデンで産する(ただし頭部と尾部のみ)。

最後にブロンニヤールの論文に掲げられた挿絵をのせておく(上記の 5) 以外の標本各種)。


スフェロコリフェ・ロブスタ

私の長年(といっても二年ほど)のあこがれの的だったスフェロコリフェをついに入手。箱から取り出すときはちょっと手がふるえたかもしれない。現物はといえば、意外に大きいのに驚いた。もっと小さい、ハエ取りグモくらいのサイズを予想していたからね。心配していた保存状態のほうもそんなにわるくない。サンプル画像では荒れた感じにみえた外殻も、実物ではほとんど気にならない。母岩から少し浮かすようにしてクリーニングしてあるので、どの方向からもよく見えるだけでなく、標本そのものが奇妙な生々しさをもって迫ってくる。これはすごいものが手に入ったぞ、としばらくは昂奮が収まらなかった。


Sphaerocoryphe robusta


出るたびに気を揉まされてきた本種だが、なんとかこれでけりがついた格好だ。


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スフェロコリフェはニューヨークだけでなく、他の産地からもいろんな種類が出ている。私が最初に目にしたのはロシアのS.クラニウムだった。そのころはダイフォンに興味をもっていたので、こういうボール状の頭をもつ三葉虫がほかにもいたことに驚いた。値段は応相談となっていたが、とても買える値段でないことは初心者の私にも察しがついた。

S. cranium


それからしばらくして、ガーヴァンの化石を扱った小冊子を見ていたとき、S.グロビケプスの画像が出ているのにはっとすると同時に、スフェロコリフェが形態的にいえば頭にこぶのできたケラウルスにほかならないことを知る。

S. globiceps

スフェロコリフェという属名を立てたのはスウェーデンの古生物学者ニルス・ペテル・アンゲリンで、1854年の「スカンジナビア古生物学」において模式種としてS.デンタータ(S. dentata)を記載している。しかし上にあげたS.グロビケプスは、すでに1843年にJ.E.ポートロックが記載しているから*1、順序でいえばこのガーヴァン産のものがスフェロコリフェ発見史における第一号ということになるのかもしれない。

スフェロコリフェはケイルルス科のうちでもダイフォン亜科に属していて、この亜科にはダイフォンとスフェロコリフェの二属しか含まれていない。両者が近縁であることはこのことからもわかるが、ダイフォンがシルル紀まで生き延びているのに対し、スフェロコリフェのほうはオルドビス紀末にすべて滅びてしまった。


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頭がボール状にふくらんだ三葉虫はほかにもあるけれども、この二属(ダイフォン亜科)を他から引き離して特異なものたらしめているのが、その湾曲した尾棘の存在だ。これのせいで、この二属は三葉虫一般の形態を超えて、四足動物、さらにいえば人間の姿(こびと?)を連想させずにはおかないのである。私にはそういう点がひどくおもしろく思われるのだが、一般にはどうだろうか。






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本種は1875年(明治8年)にウォルコットによって記載されているから、けっこう古くから知られていることになる。ただし標本はウォルコット採石場(Walcott-Rust Quarry)の、それも特定の層からしか産出せず、その数もけっして多くないらしい。年間数個体しか発見されないという情報もある。そんな稀少種が私のところに来るなんてまるで夢のような話で、二年前には想像もつかなかったことだ。

二年前、そう、この記事(→ヤフオク狂想曲またはPCの前の懲りない面々またはおめーらの頭の中は化石のことしか無いのか~っ - ファコプスの館 -La Maison de Phacops)を書いたころには……

*1:Ceraurus globiceps という名前で

メドウタウネラ・トレントネンシス

終りそうでなかなか終らないMF祭り。振り返ってみれば、年末あたりから毎週ぶっとおしでえんえんとやってるんじゃないか。商品のほうもだんだん高額化してきて、しょっぱなから手の出ないものも多い。まあそんなのはハイエンドのコレクターにまかせるとして、私としては手の届く範囲で気になるものが落せたら大満足だ。

さてメドウタウネラだが、これはいままで何度となく出品されてきて、そのつど手が届かなかった。今回ようやっと手に入れたのが下の画像のもの。


Meadowtownella trentonensis


これがグレードとしてどのあたりのものなのかよく分らないけれども、いろんな点からみてまずまず及第点を与えられる標本ではないかと思う。まず母岩と本体とのマッチングがいい。トゲの状態も、尾板あたりはやや怪しいが、わりあいシャープに保存されている。体節にみられる粒々も確認可能。頭鞍の瘤や眼も確認できるし、顆粒もそれらしく散らばっている。そしてこれが肝心なことだが、全体の雰囲気がどことなく殺気立っているのがいい。この鬼気のようなものが感じられないメドウタウネラはメドウタウネラにあらず、と個人的には思っている。

なぜそんな固定観念をもつに至ったかといえば、私が本種に注目するきっかけになった一枚の写真が鬼哭啾々たる雰囲気を漂わせていたからで、これが私のメドウタウネラ観を決定してしまった。下にその図を出す。コーネル大学出版局から出た「ニューヨークの三葉虫」という大判の本に載っているもの。



本種にかぎらず、この本の写真はいずれも鮮烈な印象を残すものが多く、それはおそらく標本の特殊な処理と、撮影技術の高さによるものだと思うが、いずれにしても、こんなすばらしい画像を見たあとでは、たいていの標本は物足りなく感じられてしまうだろう。


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上記の本には裏側からクリーニングした本種の写真も載っている。それをみると、肋棘は長いのと短いのとが上下二段に生えていて、頭部辺縁にも細かいトゲが並んでいる。こういった特徴から判断すると、本種はおそらくモロッコのデボン系から出るゴンドワナスピスと近縁なのではないかと思う。あと、ebay で何度となく出品されていて、そのつど逃しているオハイオプリマスピス。これも形態的には本種にきわめてよく似ている。

似ているとはいっても、これらにはさっき触れたような鬼気や殺気はみじんも感じられない。ことにプリマスピスなどは、保存のされ具合にもよるのだろうが、じつに優雅な趣を備えていて、殺気などといった下世話なものとはまるきり無縁だ。

いっぽう、同じくメドウタウネラの名で呼ばれる三葉虫ウェールズからも出ている。時代もオルドビス紀中期とほぼ同じだが、これはアメリカのものと比べるとだいぶ趣を異にしている。頭部のつくりも違えばトゲの生え方も違う。しかしなんといってもいちばんの相違点は、ウェールズ産のものには眼がないようにみえることだ。オドントプレウラ科で眼のない種類はほかにちょっと思いつかないので、その点だけでもウェールズ産のものは興味が深い。

今回の標本は、頭部の前に母岩が張り出していて、どうも輪郭がはっきりしないようなので、じゃまな部分を少し削り落してすっきりさせた。本体には傷ひとつつけていないので、元のプレパレーターも許してくれるだろう。


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メドウタウネラの元になったメドウタウン(Meadowtown)というのは、英国シュロップシャーにある小さい村で、かつては三葉虫の名産地だったらしい。現在ではSSSI指定でアマチュアの勝手な採取はできなくなっているようだ。

シュードキベレ・レムレイ

レムレオプス・レムレイ(Lemureops lemurei)という名前で出ていたもの。これはシュードキベレの一種で、おそらくシュードキベレ・レムレイと呼ばれているのと同一種だと思われる。


Pseudocybele lemurei


シュードキベレの仲間はわりあい見た目の違いがはっきりしていて、混乱をまねくことは少ないと思われるが、市場に出ている標本にはちゃんとした名前がついていないことが多い。MFのカタログにはどう見てもシュードキベレ・アルティナスタと思しいのがレムレオプス・レムレイと表記されているし、あるいは某コレクターのページには本種すなわちシュードキベレ・レムレイらしきものがシュードキベレ・ナスタの名前で出ていて、わけの分からないことになっている。

ここでいちおうまとめておくと、

1.シュードキベレ・ナスタ
大きさ2cm以下。眼は小さく寄り目。鼻先に突起がある。

2.シュードキベレ・アルティナスタ
大きさ2cm以上。眼は小さく寄り目。鼻先に突起がある。

要するにナスタとアルティナスタは大きさの違いでしかない。

3.シュードキベレ・レムレイ
大きさ2cm以下。眼は大きく飛び出ていて、やや離れている。鼻先の突起にギザギザがついている。

こんなところでどうだろう。違う、そうじゃないという意見があれば教えてください。


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今回の標本はていねいにクリーニングしてあるが、どういうわけか顔の前方に母岩が残してあって、前からみるとこれがじゃまで顔が見えない。それに鼻先の突起も片方だけ剖出され、左の頬は母岩に埋もれたままだ。こういう仕事はどうなのか。職人としては最後まで手を抜かずに作業すべきではないのか。

しかたがないので自分でまたしても母岩を削ることにする。石質が柔らかいので、カッターと丸やすりでじゅうぶんだ。

上にあげた三点を解決して、なんとか愛着のもてる標本になった。こういう作業をせず、そのままにしておく人も多いと思うが、私はごめんだね。中途半端なままでは愛着がもてないし、愛着のもてない標本は私にはゴミと選ぶところがない。


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本種はユタのフィルモア層(オルドビス紀前期)から出たもので、前に買ったシュードキベレ・ナスタは隣のネバダ州のナインマイル頁岩の産だ。このふたつの母岩は石質がじつによく似ていて、素人目には区別がつかない。

Pseudocybele lemurei & Pseudocybele nasuta


かたや15mm、かたや18mmと非常に小さいが、見慣れるとその小ささがあまり気にならなくなり、そこそこの大きさのものと比べてもけっして引けをとらない存在感を主張しはじめるのはふしぎだ。ナスタのほうはどこから見てもかわいいが、レムレイのほうは鼻先の突起が湾曲して「への字」になっているので、プンスカと怒ったような顔つきにみえる。




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前にも書いたが、シュードキベレならぬキベレという種類があって、これは以前から欲しいと思い、目当てのものもほぼ決まっていた。ところがその貯金(?)がMF祭りで飛んでしまい、とうぶん諦めなくてはならなくなった。まああれもこれもというわけにはいかないし、もともとコレクションには不向きな人間なので、今年いっぱいはロシア産には手を出さないでおこう。三葉虫好きにはわかると思うが、これはけっこうきついことですよ。

2017年に目当てのキベレはまだ残っているだろうか?