化石とブラックライト

ロシアン三葉虫といえば、修復がつきもので、たいていの標本には修復率何パーセントと書いてある。この数値が正しいのかどうか、かねてから疑問に思っていた。質的にも量的にも、何を基準としてのパーセンテージなのか、はっきりしませんしね。

昔はこの修復率云々が嫌で、それでロシア産とは疎遠になってしまった。どうもロシアのものは信用できないな、というわけだ。しかし売り物として出ている三葉虫のほとんどが何らかのかたちで修復されているのを知った現在、むしろそれが何パーセントと明示されているロシア産のほうが信用できるんじゃないかという考えに傾いている。

この前買ったアサフスは修復率9パーセントとのことだ。9パーセントといえばかなりの数値だ。なにしろ全体のほぼ1割に及ぶ修復がなされているのだから。もしその修復がなければ、あっちこっちボロボロなんじゃないか。

しかし、蚤取り眼で探しても、10倍のルーペで覗いてみても、どこにもそれらしい痕がない。目で見ただけでは、どこが修復箇所なのか、おぼろげにさえ察することができないのである。9パーセントの修復とやらはいったいどこに隠れているのか。

こういうときに威力を発揮するものとして、ブラックライトなるものがある。なんでも、暗闇でこいつで照らせば、怪しい部分がたちどころに浮き上ってくるというから驚きだ。こういう用途に使うのなら、それほど高性能なものは要らないらしいので、最低ランクからふたつ上くらいのものを買ってみた。

さてどうなることかと固唾を飲んでライトで照らすと……あれ? 案に相違して、どこにも修復箇所らしきものが出てこない。あちこちに樹脂で埋めたあとがピッカリ照らし出されると思っていたのに……

ブラックライトが安物すぎて、ちゃんと反応しないのだろうか。いや、そんなことはない。ほかの標本、たとえばオクラホマのトゲトゲさんやNYのダルマニテスなどは、それらしい、もしくは意想外の箇所から蛍光を発した。その一方で、ウォルコット採石場やヨーロッパの各産地から出たものがいかなる反応も示さないのは、当然といえば当然だが、さすがというべきだろうか。いちばんひどかったのはモロッコのウミユリで、これはバラバラになったものを貼り合せたものであることがよくわかった。

もちろん修復といってもいろんな方法があるだろうし、ブラックライトで検出できないタイプのものもあるだろう。じっさいにはやらないけれども、アセトンで表面の塗装を剥がしてみても、たぶん修復箇所は露わにはならないだろうという予感がある。ロシア三葉虫の修復には、その道のプロにしかわからない、おそろしく巧妙な技術が駆使されているのではないか。

──おれたちは素人に尻尾をつかまれるような仕事はしないよ。
そううそぶく職人の声がきこえてきそうだ。


     * * *


下にブラックライトを当てて撮った写真をいくつかあげてみる。


NYのダルマさん。胸部に何ヶ所か横条が入っているのが修復(接着)の痕。赤い色に発光しているのは何かの加減でそうなっただけで、とくに問題ないと思われる。


OKのトゲトゲその一。角に継ぎ目があるのは当然だが、角そのものがなんだか怪しい色に光っている。右眼やその下の棘ももしかしたら作り物かもしれない。とはいうものの、この写真はちょっといい感じに撮れている。


OKのトゲトゲその二。左の長いトゲがアウトのようだ。この部分は前から怪しいと思っていた。不格好に継ぎ足されているのは肉眼でも確認できるが、トゲそのものが樹脂でできているのか、それとも補強に使った接着剤が蛍光を発しているのか、それはわからない……

しかし、トゲ以外に修復したらしい箇所が見当らないのはむしろ驚きだ。


トゲを完全に浮かせてしまわず、少し母岩を残したままにしてある標本は、整形の手間がめんどくさいとか、脆弱性を忌避するとかとはべつに、トゲの「ほんもの保証」の意味もあったんだと今ごろになって気づいた。

ノルウッディア・ベラスピナ

ユタ州ミラード郡のウィークス層(カンブリア紀)の産。ユタ州三葉虫の特産地ともいえるところで、ハウスレンジ(House Range)という名前を記憶している人も少なくないと思う。ウィークス層もそのひとつで、小粒ながら特色のある三葉虫を産するので有名だ。

ウィークス産の三葉虫では、ケダリア(Cedaria)、モドキア(Modocia)、メノモニア(Menomonia)といったところが一般的で、入手もそうむつかしくない。しかし、それら一般種を除外すると、いきなり高額帯に連れ出されてまごつくことになる。私がこの産地のものでとくに興味をもっているのがトリクレピケファルス(Tricrepicephalus)。その特異な姿ははげしく所有欲をそそるが、価格はともかくとしても、市場ではまずお目にかからない。ミネラルショーなどで持ってこられても、妥当な値段だとすぐに売れてしまうだろう。結果的に幻の三葉虫として、私のところには回ってこないと思われる。

トリクレピケファルスが無理でも、三葉虫愛好家としては、なにかひとつくらいはウィークス産を押さえておきたい。そう思って目をつけていたのがノルウッディアだ。もちろんこれだってそうたやすく手に入るものではないが、今回は例によってヤフオクでの落札というかたちで手に入れることができた(多少値段を吊り上げられたが)。大きさは約18㎜。


Norwoodia bellaspina


ノルウッディアという、多少ともビートルズを連想させる(Norwegian Wood)名前のせいで、わりと最近に発見された種類ではないかと思っていたが、調べてみると命名者はあのウォルコットで、1916年に模式種 Norwoodia gracilis が記載されているという。1916年といえばもう100年も前の話だ。この N. gracilis はユタ州ではなく、アラバマ州で採れたものらしい。

2010年のBPMの図鑑では、本種は Norwoodia sp. としてあるが、一般にはベラスピナ(bellaspina) の名前で通っているようだ。これは1990年に M.A.Beebe という人が提案した名前らしい。意味するところは「美しいトゲ」。同産地で似たような名前をもつ近縁種(?)にゲロスピナ(Gerospina schachti)というのがある。これはベラスピナより一回り大きく、額環からのトゲが生えていないタイプ。

さて私がノルウッディアに惹かれた理由として、その母岩の独特な色合いがあげられる。少なくとも三葉虫に関するかぎり、他の産地でこのような色をもつものを知らない。このおよそ石灰岩らしくない赤い母岩が標本の美的な価値を高めているのは疑いないのだが、現物を手に取って眺めてみると、いくつか奇妙な特徴が見つかる。まずこの母岩が3㎜ほどの薄い板であること、またこの薄い母岩のほんの表層のみが赤い色をしていて、その1㎜ほどの層の上に三葉虫が載っていること、母岩の裏側をなす部分は表側とは似ても似つかない、まるで別ものの観を呈していること、などだ。


裏面


こういうのを見ていると、この標本が自然の産物というより、人間の手の加わった、一種の人工物に見えてくるのはやむをえない。

私のカメラでは、母岩の赤い色はうまく撮れなかったけれども、本種のよい画像はネットでいくらでも見られるので、あまり気にしなくてもいいだろう。


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今回の標本はほぼ完璧だが、ただひとつ、尾板を欠いている。なんとなく寸詰まりにみえるのはそのせいだ。本種の尾板はきわめて小さいが、いちおう畝は二つついているらしい。いずれにしても本種のような小粒の、しかも保存のきわめていい三葉虫を楽しむには、10倍のトリプレットルーペは必須だろう。

トリプレットルーペはいろんなメーカーのものが出ているが、宝石鑑定をするわけではなく、標本の全体をゆるゆる眺めたいという目的で使うのなら、多少値段が高くても径20㎜以上のものを買うことをお勧めする。私は Beco というメーカーの21㎜のものを買ったが、まったくストレスなく使うことができる。

オギギオカレラ・デブッキイ

今回取り上げるのはウェールズのオギギオカレラ。いちおうアングスティッシマ種とのことだが、やはりというかデブッキイ種の線が濃厚だ。まあ見た目はどっちもほとんどいっしょだからあまり気にすることはないのだが……


Ogygiocarella debuchii


ローレンスとスタマーズの共著「世界の三葉虫」には、イングランド産5ヶ、ウェールズ産10ヶと、合計15ヶものオギギオカレラの標本が載っている。そんなにたくさん載せる必要があるのかどうかは別として、それだけ多産する、つまり英国を代表する種類であることは確かだろう。

今回の標本は、裏側の母岩を貼り合せた接着剤の痕も含めて、かなり年季が入っているようにみえる。おそらくオールドコレクションの放出品であろう。新規に整形された、できたての標本ももちろん魅力的だが、こういう古い標本には骨董品のような魅力がある。化石自体の古さに加えて、ものとしての古さが古物愛好家の心に訴えるのである。

本体の大きさは95mmで、一般に出回っているもののうちでは大きいほうだと思う。


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三葉虫の分類の最初の試みとされるブロンニヤールの1822年の論文。ここにみられるオギギオカレラはまだアサフスと呼ばれている(Asaphe de Debuch, Asaphus debuchii)。別にオギギア(Ogygia)という名称があるにもかかわらず、である。ブロンニヤールはアサフス目を設けて下記の5種類の三葉虫を配した。

1. Asaphus cornigerus (= Asaphus expansus)

2. Asaphus debuchii (= Ogygiocarella debuchii)

3. Asaphus hausmanni (= Odontochile hausmanni)

4. Asaphus caudatus (= Dalmanites caudatus)

5. Asaphus laticauda (= Eobronteus laticauda)

カッコ内は現行の名称。これでみると、こんにちでもアサフスに属するとされるのは 1) と 2)のみだ。1) はスウェーデンおよびロシアで産するアサフスで、ヴァーレンベリの命名になる古典的なもの。3) と 4) は今日ではダルマニテス科に属する。5) はスクテルムの一種で、スウェーデンで産する(ただし頭部と尾部のみ)。

最後にブロンニヤールの論文に掲げられた挿絵をのせておく(上記の 5) 以外の標本各種)。


スフェロコリフェ・ロブスタ

私の長年(といっても二年ほど)のあこがれの的だったスフェロコリフェをついに入手。箱から取り出すときはちょっと手がふるえたかもしれない。現物はといえば、意外に大きいのに驚いた。もっと小さい、ハエ取りグモくらいのサイズを予想していたからね。心配していた保存状態のほうもそんなにわるくない。サンプル画像では荒れた感じにみえた外殻も、実物ではほとんど気にならない。母岩から少し浮かすようにしてクリーニングしてあるので、どの方向からもよく見えるだけでなく、標本そのものが奇妙な生々しさをもって迫ってくる。これはすごいものが手に入ったぞ、としばらくは昂奮が収まらなかった。


Sphaerocoryphe robusta


出るたびに気を揉まされてきた本種だが、なんとかこれでけりがついた格好だ。


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スフェロコリフェはニューヨークだけでなく、他の産地からもいろんな種類が出ている。私が最初に目にしたのはロシアのS.クラニウムだった。そのころはダイフォンに興味をもっていたので、こういうボール状の頭をもつ三葉虫がほかにもいたことに驚いた。値段は応相談となっていたが、とても買える値段でないことは初心者の私にも察しがついた。

S. cranium


それからしばらくして、ガーヴァンの化石を扱った小冊子を見ていたとき、S.グロビケプスの画像が出ているのにはっとすると同時に、スフェロコリフェが形態的にいえば頭にこぶのできたケラウルスにほかならないことを知る。

S. globiceps

スフェロコリフェという属名を立てたのはスウェーデンの古生物学者ニルス・ペテル・アンゲリンで、1854年の「スカンジナビア古生物学」において模式種としてS.デンタータ(S. dentata)を記載している。しかし上にあげたS.グロビケプスは、すでに1843年にJ.E.ポートロックが記載しているから*1、順序でいえばこのガーヴァン産のものがスフェロコリフェ発見史における第一号ということになるのかもしれない。

スフェロコリフェはケイルルス科のうちでもダイフォン亜科に属していて、この亜科にはダイフォンとスフェロコリフェの二属しか含まれていない。両者が近縁であることはこのことからもわかるが、ダイフォンがシルル紀まで生き延びているのに対し、スフェロコリフェのほうはオルドビス紀末にすべて滅びてしまった。


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頭がボール状にふくらんだ三葉虫はほかにもあるけれども、この二属(ダイフォン亜科)を他から引き離して特異なものたらしめているのが、その湾曲した尾棘の存在だ。これのせいで、この二属は三葉虫一般の形態を超えて、四足動物、さらにいえば人間の姿(こびと?)を連想させずにはおかないのである。私にはそういう点がひどくおもしろく思われるのだが、一般にはどうだろうか。






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本種は1875年(明治8年)にウォルコットによって記載されているから、けっこう古くから知られていることになる。ただし標本はウォルコット採石場(Walcott-Rust Quarry)の、それも特定の層からしか産出せず、その数もけっして多くないらしい。年間数個体しか発見されないという情報もある。そんな稀少種が私のところに来るなんてまるで夢のような話で、二年前には想像もつかなかったことだ。

二年前、そう、この記事(→ヤフオク狂想曲またはPCの前の懲りない面々またはおめーらの頭の中は化石のことしか無いのか~っ - ファコプスの館 -La Maison de Phacops)を書いたころには……

*1:Ceraurus globiceps という名前で

メドウタウネラ・トレントネンシス

終りそうでなかなか終らないMF祭り。振り返ってみれば、年末あたりから毎週ぶっとおしでえんえんとやってるんじゃないか。商品のほうもだんだん高額化してきて、しょっぱなから手の出ないものも多い。まあそんなのはハイエンドのコレクターにまかせるとして、私としては手の届く範囲で気になるものが落せたら大満足だ。

さてメドウタウネラだが、これはいままで何度となく出品されてきて、そのつど手が届かなかった。今回ようやっと手に入れたのが下の画像のもの。


Meadowtownella trentonensis


これがグレードとしてどのあたりのものなのかよく分らないけれども、いろんな点からみてまずまず及第点を与えられる標本ではないかと思う。まず母岩と本体とのマッチングがいい。トゲの状態も、尾板あたりはやや怪しいが、わりあいシャープに保存されている。体節にみられる粒々も確認可能。頭鞍の瘤や眼も確認できるし、顆粒もそれらしく散らばっている。そしてこれが肝心なことだが、全体の雰囲気がどことなく殺気立っているのがいい。この鬼気のようなものが感じられないメドウタウネラはメドウタウネラにあらず、と個人的には思っている。

なぜそんな固定観念をもつに至ったかといえば、私が本種に注目するきっかけになった一枚の写真が鬼哭啾々たる雰囲気を漂わせていたからで、これが私のメドウタウネラ観を決定してしまった。下にその図を出す。コーネル大学出版局から出た「ニューヨークの三葉虫」という大判の本に載っているもの。



本種にかぎらず、この本の写真はいずれも鮮烈な印象を残すものが多く、それはおそらく標本の特殊な処理と、撮影技術の高さによるものだと思うが、いずれにしても、こんなすばらしい画像を見たあとでは、たいていの標本は物足りなく感じられてしまうだろう。


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上記の本には裏側からクリーニングした本種の写真も載っている。それをみると、肋棘は長いのと短いのとが上下二段に生えていて、頭部辺縁にも細かいトゲが並んでいる。こういった特徴から判断すると、本種はおそらくモロッコのデボン系から出るゴンドワナスピスと近縁なのではないかと思う。あと、ebay で何度となく出品されていて、そのつど逃しているオハイオプリマスピス。これも形態的には本種にきわめてよく似ている。

似ているとはいっても、これらにはさっき触れたような鬼気や殺気はみじんも感じられない。ことにプリマスピスなどは、保存のされ具合にもよるのだろうが、じつに優雅な趣を備えていて、殺気などといった下世話なものとはまるきり無縁だ。

いっぽう、同じくメドウタウネラの名で呼ばれる三葉虫ウェールズからも出ている。時代もオルドビス紀中期とほぼ同じだが、これはアメリカのものと比べるとだいぶ趣を異にしている。頭部のつくりも違えばトゲの生え方も違う。しかしなんといってもいちばんの相違点は、ウェールズ産のものには眼がないようにみえることだ。オドントプレウラ科で眼のない種類はほかにちょっと思いつかないので、その点だけでもウェールズ産のものは興味が深い。

今回の標本は、頭部の前に母岩が張り出していて、どうも輪郭がはっきりしないようなので、じゃまな部分を少し削り落してすっきりさせた。本体には傷ひとつつけていないので、元のプレパレーターも許してくれるだろう。


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メドウタウネラの元になったメドウタウン(Meadowtown)というのは、英国シュロップシャーにある小さい村で、かつては三葉虫の名産地だったらしい。現在ではSSSI指定でアマチュアの勝手な採取はできなくなっているようだ。