ピルトニア・キューネイ

前回のパラディンに引き続き石炭紀三葉虫を手に入れた。今回のはベルギー産で、比較的よく目にする種類だと思う。ただし、状態のいいのはめったにない。私の手に入れたのも瞼翼(palpebral lobes)が飛んでいるうえ、左右からの圧縮をうけて縦長に変形している。それでもまあなんとなく感じはつかめるのでこれでよしとしよう。サイズはほぼ1インチ。


Piltonia kuehnei



本種の特徴は、なんといっても外殻上の凸部に点々と散らばった顆粒だろう。石炭紀のプロエトゥス類にはこういう粒々に覆われたタイプがいくつか知られている。私が最初につよい印象をうけたのはレヴィ=セッティの本に出ているフィリップシア・サンプソニだ。写真をみたときは、こんな三葉虫がいるはずない! と思ってしまった。標本の特殊な処理と撮影の仕方でじっさい以上に粒々が強調されているのは確かだろう。


Phillipsia sampsoni


今回のピルトニアも、上の写真には及ばないとはいえ、そのツブツブ感たるやそうとうのものだ。これには化石の保存状態もおおいに関係しているだろう。艶のない、ざらっとした、乾いたような表面の質感が、ツブツブ感をいっそう高めているように思う。これの正反対がミズーリ州で採れるアメロピルトニアで、エアツールによる丁寧な剖出が、粒々から事象性(リアリティ!)を奪い去っているような気がする。やはりツブツブというからには、チクチク、ザラザラしていてほしいと思いませんか?

今回の標本は母岩が一風変っていて、羊のような動物が臥せっているようにみえる。で、その動物の頭にあたる部分に小さい三葉虫が載っている。見ようによってはかなりシュールな図だ。割ったらたまたまこんな形になったのか、それとも人為的に形を整えたのか、それは分らないが……



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ベルギーの地図を眺めると、西南部のエノー州を流れるスヘルデ川(エスコー川)沿いにトゥルネー(Tournai)、ヴォー(Vaulx)、アントワン(Antoing)といった地名が見つかる。どうもこのあたり一帯が三葉虫の産地らしいのだ。

Calcaire de Tournai(トゥルネー石灰岩)といえば工業用としても有名らしく、あちこちに採石場がある。下の図の一枚目はゴラン=ラムクロワにある中央採石場。いちおう一般人も入れるが、あまりに広くて化石採取には不向きらしい。二枚目のはシメスコー社の採石場。ここも一般の立入りは可能で、状態を問わなければけっこう三葉虫も見つかるとのこと。(Carboniferous trilobites from Tournai - thomastrilositeより転載)




トゥルネー石灰岩は年代的にはトルネーシアンすなわち石炭紀前期に属するので、ここで産するのはデボン紀末の大量絶滅をかいくぐってしばらく経ったころの三葉虫だと思えばいいだろう。衰退したとはいっても、まだまだそれなりに勢力は保っていたと思われる。それでも、二層になった上の方、つまりアントワン層では三葉虫は激減するというから、やはり「段階的先細り」の感は否めない。


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本文とは関係ないが、ベルギーは私の好きな国で、20年ほど前に訪れたことがある。ブリュッセルに着いて、夕暮れの道をとぼとぼ歩いていたとき、いきなり眼前に開けた Grand-Place の威容は忘れがたい。そのときの印象に近い画像があったので、下に貼りつけておこう。(Grand Place, Brussels, Belgium | Canon 5D MKII Lens 16/35mm … | Flickrより)


三葉虫は化石の王様か?

これはと思って買った化石(複数)が意外にしょぼくて、もう自分には三葉虫以外の化石はダメなのかな、と思う。まあ三葉虫と、あとは植物化石ですね、興味のあるのは。ほかのは図鑑で見るだけでいいや……

興味はあっても手が出ないもの、たとえばバージェス頁岩の化石なんかも図鑑オンリーだ。バージェス動物もどきのものは、他の産地からも出ているけど、あんまり興味をひかれないね。復元図がないと正体が分らないのはちょっと……

結局のところ、三葉虫が興味の中心になっている。これはもう動かせない。なんだか狭く特化しちゃったようだけど、あれもこれもというわけにはいかないからね。だいたい熱心な人ほど関心の幅は狭い。マニアの世界とはそういうもので、あれもこれもと手を広げている人間にろくなのはいない。

三葉虫は、ぱっと見てもおもしろいし、ずっと手元に置いていても飽きがこない。買ったときはなんとも思わなかったのが、時の経過とともに味が出てくるのもあるし、見方を変えることでつねに新たな発見がある。こんな化石はほかにはない。オブジェとしてこれほど意に適うものもない。

しっかりした文献が豊富なのもいい。豊富すぎて全部は見切れないが……古いものが居ながらにしてネットで閲覧できるのは21世紀に生きるものの特権だ。こんな事態は過去にはなかった。これがどれほどすごいことか、ちょっと考えてみてもわかるでしょう……

一方に標本、もう一方に資料。このどっちが欠けても三葉虫の世界は成り立たない。言葉と物と、両者の相互透入のなかで三葉虫はつかのまの復活をとげる。

そこから三葉虫とわれわれとの「共生」がはじまるわけだ……

ここまでくると、個々の標本はもはや死物ではなくなってくる。といっても、もちろん生きているわけでもない。それはいわばカフカにおけるオドラデクのようなものだ。オドラデクを知らない人にはググってもらうとして、カフカは「家父の心配」の末尾にこう書いている。

「しかし、わたしが死んだあともなお彼が生きのこるだろうということを考えると、わたしはほとんどせつない気持になってくる」

パラディン・トランシリス

私にとっては初の石炭紀三葉虫であり、今のところ唯一手持ちのプロエトゥス目がこれ。本種は名前にちょっとばかり混乱があって、あるところではグリフィチデス(Griffithides)と呼ばれ、またあるところではシュードフィリップシア(Pseudophillipsia)もしくはカルニフィリップシア(Carniphillipsia)と呼ばれている。私としても、「パラディン」が正しいのかどうか自信はないが、とりあえず購入元の表記に従っておく。


Paladin transilis




産地はロシアのヴォルゴグラード州のジルノフスク、年代は石炭紀前期とのことだが、この情報もあまり当てにならない。名前と同様、産地や年代にも諸説があるので、とりあえずヴォルゴグラード州のどこか、と思っておくのが無難だろう。本種のように特徴のある種類がそういろんな場所で採れるとも思えないのでね。

石炭紀ペルム紀三葉虫は完全体で出ることは稀で、多くは尾板だけ、運がよければ頭部も、というのが一般的な産状らしい。今回の標本も、まさしくその尾部と頭部*1なのだが、象牙のような色合いとアラバスター(雪花石膏)のような質感のおかげで、化石にあるまじき(?)高級感を漂わせている。部分化石ですらこの通りなのだから、完全体のすばらしさたるやいかばかり──

三葉虫には人それぞれ好みのタイプがあると思うが、本種は三葉虫愛好家のすべてにアピールするものをもっていると思う。これを見てなにも感じない人は、三葉虫とは無縁の人だ。私はといえば、この標本ひとつだけでプロエトゥス類、さらには石炭紀への道がついてしまった。

「このころ(デボン紀末)には、時代はプロエトゥス科の変種たちのためにすっかり筋書きがととのえられていた。私の友人のボブ・オーウェンズは、その多様多岐にわたる微妙なちがいを激賞する。ゲルハルト・ハーンとレナーテ・ハーンは、これらの三葉虫のあらゆるニュアンスをことごとく熟知しているドイツ人教授である。そして、熱帯の海がヨーロッパの大半を浸水させていた石炭紀の初期に、プロエトゥス科が数多くの異なるデザインをつくりだしたのは事実である。……」(リチャード・フォーティ「三葉虫の謎」より)

地味なことでは定評のある(?)プロエトゥス類がせいいっぱいの多様性を繰り広げたのが石炭紀だったとすれば、全盛期とは比べ物にならないとはいえ、そこにはやはり注目すべきものがあるように思う。この手のものとしては、アメリカにいくつか産地があり、ヨーロッパではなんといってもベルギー、それからドイツにアプラートという重要な産地がある。

尾板だけ、というのはさすがにつらいが、頭部だけならまずOKだ。もちろん全身揃っているに越したことはないので、ぼちぼち探索の手を進めていければいいなと思う。

*1:厳密には胸節の一部を含む

ヤフオクの転売er

いつのまにか日曜の夜はヤフオクタイムになってしまっているが、このところ自分の守備範囲外のものばかりが出品されているのはいい傾向だ。前回言及した「あれ」やこれやが出されると、静穏なるべき週末が静穏ではなくなってしまうからね。心乱されるだけならまだしも、現実に金が飛んでいくのは避けたい。なんといっても来年にはロシア侵攻(!)が控えているのだから。

というわけで、買うあてもなくぼちぼち見ていたら、この前言及した石炭紀の白いリンボクが出品されている。まったく同じものではないが、写真は同じポーランドの出品者のものだ。うーん、こういうことをやってるやつがいるのか、と嫌な気持になった。

転売するのはべつにかまわないと思うが、原出品者の画像をそのまま使うとか、ずぼらにもほどがある。ポーランドの出品者はマーガレットさんといって、とても親切な人なので、こういうことが海の彼方で行われていることを知ったらきっと心を痛めるだろう。

まあそういっても、ヤフオクには前にもあげたような恥知らずな業者や転売屋はいくらでもいる。そういうものを見ないようにしつつ、自分の欲しいものを探さなければならないのはけっこう大変だ。

最後に書いておくと、ヤフオクでは植物化石はわりあい高く売れるようだ。私もいつだったか、メゾンクリークのシダの化石を売りに出したら、千円くらいで買ったものに一万近い値がついたことがある。さすがにそのときは事情を説明して、そんなに高いものではないのだから、と適価で手放したが、買う方ももっと勉強しないと、安物を高く買わされるはめになるよ。

三葉虫の卵、デンドライト

MFの出品がなかなか終らない。それはそれでいいのだが、あれだけは出さずにいてくれよ、と思う。あれというのは私が目をつけている某化石で、あれを出されると非常に困るのである。というのも、見過ごすことができずにまたもや大枚はたく→来年のロシア進出計画が頓挫、という思わしくない流れになるからだ。

あれはそんなに安売りするものでも、売り急ぐものでもない。このさき何年カタログに載っているかは分らないが、末永く置いといてほしいものだ。もちろん定価で売れてしまえばそれまでだけどね。

というわけで、ロシア三葉虫の話の続き。この前買ったアサフスの標本の、白くならした母岩の上に、なにやら点々と小さい染みのようなものが散らばっている。ルーペで拡大してみると、色は黄土色、形はだいたい楕円形で、ゴマのようでもあれば籾殻のようでもある。先入観なしで考えれば、なにかの卵とみなすのがいちばん妥当だろう。なにかの卵?──アサフスの横に散らばってるのなら、それは三葉虫の卵ではないのか?

そこで三葉虫大全ともいうべきリチャード・フォーティの本を開いて、三葉虫の卵に関する記述を探すが、どうもそれらしいのはない。282ページに「原楯体が卵から孵化してくるのは疑いないが、三葉虫の卵の化石と称されているものについては異論が多い」とあるのみだ。

フォーティは三葉虫の眼については長々と述べているが、眼に対応すべき器官、すなわち脳については一言も語っていない。それはべつに語るに足らないと思っているわけではなくて、語るだけの材料がないからだろう。三葉虫の卵についても同様で、よほどの幸運に恵まれないと、卵なんていう柔らかいものが化石になって残ることはないし、たとえ丸い小さい粒が見つかったとしても、それがただちに三葉虫の卵である確証はどこにもない。孵してみなければ何の卵か分らないものについて、人は何を語ることができるだろうか。

いっぽう、バランド先生の図版集には三葉虫の卵なるものが三種類ほど載っている。そのうちいちばん小さいのが直径約0.5ミリで、アサフスの横に散らばっているのとだいたい同じ大きさだ。



先生がどういう理由でこれらを三葉虫の卵と断定したのかは不明だ。本文を読めば書いてあるのかもしれないが、その本文がネットのどこを探しても出てこない。これもふしぎなことで、先生の著作ボヘミア中央部のシルル系」は、そのすべてがネットで閲覧可能なのにもかかわらず、第一巻、つまり三葉虫に関する論文だけがどういうわけか電子化されていないのである。これを真っ先に電子化すべきでしょうが。弟子筋の人の書いた、だれも読みそうにない死後出版の論文なんぞは後回しでいいのだ。

話が逸れたが、この点々とした染み以外にも、アサフスの標本には奇妙な点がある。それはところどころにデンドライト(しのぶ石)が見られることだ。デンドライト自体はそんなに珍しいものではないが、三葉虫の頭部の裏側をこれがびっしりと覆いつくしているのは、まるで寄生虫にたかられた遺骸のようで気味がわるい。





裏側に生ずるのなら、表側に生じてもふしぎはないので、デンドライトで全身覆われたアサフスの標本もあるのかもしれない。

それで思い出したが、前に ebay で出品されていたカリメネが非常に印象的だったので、その画像を保存していた。カリメネ本体にコケムシが付着したもので、その本来のあり方とはべつに、病理学的ななにかを感じさせる標本だ。