ファコプスの館 -La Maison de Phacops

化石ヲ蒐集シナイ日記

ファコピディナ・ミシェリ・ミシェリ

本種はもともとダルマニテス・ミシェリという名前だったが、いつのまにかアカステ科に編入されて属名もファコピディナに改められた。ファコピディナの模式種(Phacopidina harnagensis)は英国産らしく、チェコでも似たようなのが出るらしい。しかしこんにち一般にファコピディナの名で呼ばれるものは、ポルトガル、スペイン、フランスで出るものにほぼ限定されるようだ。そのうちとくにフランスで出るものに対して、ミシェリを一個追加して、ファコピディナ・ミシェリ・ミシェリとしているのではないか。

今回手に入れたのはネガポジもので、ご覧のとおりポジ側には母岩がほとんど残っていない。本体の長さは3㎝ほどで、そう小さいわけではないが、母岩なしではいかにも頼りなく感じられる。


Phacopidina micheli micheli


しかしこれを逆手にとって(?)、ハイポストマまで剖出したのはプレパレーターの手柄だろう。というのも、本種のハイポストマつきの標本などそうあるものではないからだ。



ふだんはネガの上にポジを置いておけば、いちおう格好はつく。やはりこういうのがいちばん化石標本らしくてよいですね。



この標本の個眼は、ふつうとは逆にすべて凹型に保存されている。どうしてなのか購入元に訊いてみたところ、ブルターニュ三葉虫はすべて内型(moule interne)だから、という答えだった。しかし、内型だからといって眼が凹凸逆になるとは思えない。もっとほかに原因があるはずだ。うちにある標本では、ボヘミアのダルマニティナがやはりこういうタイプの凹んだ複眼をもっている。



さて今回の標本、母岩上に点々と金粉のようなものが散らばっている。これは前のオギギヌス(&ノビリアサフス)のものもそうだった。おそらく黄鉄鉱の粒だと思われる。それだけの話だが、他産地ではあまり目にしないので、いちおう記しておきます。


     * * *


本文とは関係ないけれども、この前買ったエッカパラドキシデスとオギギヌス(&ノビリアサフス)を化石棚に置いたところ。フランス産の三葉虫は、こういう渋い標本のあいだに紛れ込ませたほうがよく映えるようだ。


エッカパラドキシデス・プシルス

──あなたはレドリキア派? それともオレネルス派?
──パラドキシデス派です。

分る人にしか分らないボケだが、こういう人は意外に多そうな気がする。レドリキアにもオレネルスにもあまり関心がなくて、パラドキシデスだけが好きっていうのがね。

さて、今回手に入れたのはチェコのエッカパラドキシデス。これが前から欲しかったんですよ。でもなかなかこれといった標本が見つからない。今回のもそれほど保存がいいわけではないが、全体の感じがなんとなく毅然としていてカッコいいのが気に入った。値段も安かったしね。


Eccaparadoxides pusillus (L.38mm)


チェコカンブリア紀三葉虫は、外殻が溶けてしまって内型(internal mold)だけが残っているのが少なくない。しかし今回のものは、黄土色の外殻がかなり(九割くらい?)残っていて、ちょっと得をしたような気分だ。フリル部分に通常見られるテラスラインは、内型に残された重複板の印象なので、今回のように外殻が保存されている場合には見られない。

バランド先生によれば、本種には縦長型と幅広型があるらしい。私の買ったのは縦長型のようだが、それは右側の部分が失われている(もしくは母岩中に埋っている?)ためにそう見えるだけかもしれない。先生の持論では、同一種における縦長型はオス、幅広型はメスとのことだが、これは今日では否定されている。たんに地中の圧力で縦に伸びたり横に広がったりしただけのものも多いだろうからだ。

エッカパラドキシデスは前にスペイン産のを買ったことがある。そのときは種名がわからず、「~の一種」としておいたが、その後気をつけていると、どうも Eccaparadoxides pradoanus である可能性が高い。これは ecca- が取れてたんに Paradoxides pradoanus と呼ばれることもある。



左のものがそのスペイン産だが、こうしてふたつ並べてみると、どうもあまり似ていない。レヴィ=セッティの本を見ると、ひとくちにエッカパラドキシデスといってもいろんな種類があるようだ。


チェコの博物館にあるタイプ標本


     * * *


今回本種を手に入れたことで、私のボヘミア三葉虫探求も一区切りついた。三年がかりで集めてきて感じるのは、チェコ産の三葉虫は、状態を問わなければ、必ずしも入手困難ではない、ということだ*1。蒐集を始めたばかりのころ、ネットを見ると、チェコ産はめったに出ないから、見つけたときが買い時だとか、産地は壊滅状態にあり、新たな採取は望めないだとか、こっちの危機意識を煽るような言説ばかりが目についた。それはまあそうだとして、オールドコレクションの放出というのはつねに行われているので、その質と量が相当なものであることは、極東の島国から望見してもおぼろげながらそれと知れる。そう悲観的にならなくても、じっと様子をうかがっていれば、自分の好みに合ったものがお手頃価格で手に入ることも珍しくないのだ。

というわけで、これからボヘミア三葉虫を集めてみようと思っている人のために、次の三つのストアを紹介しておこう。


チェコ語が分らなくても、翻訳ソフトを使えばなんとかなる。価格は良心的だし、担当者(店主?)も親切なので、ぜひ利用してみてほしい。

*1:もっとも、オルドビス紀以降になると難易度はぐっと上がるが

オギギヌス・ゲッタルディ

フランスの代表的な三葉虫は? と訊かれたらどう答えるか。あれでもない、これでもないと考えたあげく、最後に残ったのがオギギヌス・ゲッタルディ(Ogyginus guettardi)だ。初期の分類者であるブロンニヤールがこれをアサフス目に含めず、あえてオギギア目を立ててそこに分類したことからも、なんとなく特別扱いされている種のような気がする。

とりあえず画像をあげよう。一枚目はブロンニヤールの論文の図版、二枚目は TRILOBITES OF THE WORLD に載っているもの。




さて、これを見てどう思われるだろうか。「これってノビリアサフスじゃないの?」と思われる方がおられるかもしれない。じっさい私も最初はそう思った。属名が違うだけで、実質的にはフランス産のノビリアサフスなんじゃないか、とね。

ノビリアサフスについてはかつて何度か言及したことがある。この種の特徴として第一にあげるべきは、尾板の中軸に並ぶV字型の装飾と、同じく尾板の肋と交差しつつ走る放物線状のテラスラインだ。おおざっぱにいって、こういう尾板をもっている種類なら、ノビリアサフスと同定してまちがいない。ポルトガル産の三葉虫でノビリアサフスと紛らわしいのにイサベリニアというのがあるが、これには尾板中央のV字模様はないようだ。

ではフランスのオギギヌスはどうかというと、こういったノビリアサフスに特徴的な尾板の装飾がすべて備わっているので、そのかぎりでは Ogyginus guettardi = Nobiliasaphus nobilis と見なして差し支えない。ところが頭部を見ると、やはり両者を同一種とするにはちょっと無理があることに気づく。

この間の事情を語るものとして、次の掲示板にあがっている図をご覧いただきたい。


この図では、Ogyginus ではなくて Basilicus になっているが、あまり気にしなくていい。これがノビリアサフスとは別種であることさえ分ればそれでいいのだ。

今回、そのオギギヌス(もしくはバシリクス)と思われる標本を手に入れた。あまり状態はよくないが、特徴はよく出ているのでこれでよしとしよう。ベージュ色に保存された個体の方には、特徴的な尾板の様子(V字模様とテラスライン)がはっきり表れている。標本全体の大きさは約75㎜。産地はブルターニュ地方のラ・ドミヌレ(La Dominelais)。


Ogyginus guettardi (Basilicus guettardi)





フランス産に特有の、野暮ったくもあればシックでもあるマチエール。それはセザンヌの描く静物画のようだ。あまり一般受けはしないかもしれないが、いったん気に入ったら病みつきになりそうな、ふしぎな魅力があると思う。



(2月5日、追記)
ふと気づいたが、この標本の上の方のオレンジのほうがオギギヌスもしくはバシリクスで、下のベージュのほうはノビリアサフスなんじゃないか、と。いったんそんな気がすると、もうそういうふうにしか見えなくなる。間違っているかもしれないが、確証があがるまでは宙ぶらりんにしておこう。

ディプレウラ・デカイ

デボン紀ニューヨークの産。ご覧のとおりコンポジットものだが、不自然さを感じさせないようにうまく貼り合せてある。上から見るとじゃっかん頭部が大きく、全体が寸詰まりのようだが、そんなことを気にしても始まらない。なにしろコンポジットなのだから……

いやむしろ、これだけ質感のいい標本が安く手に入ったことを喜びたい。私も現物を見るまでは、本種がここまでみごとな外殻をもっているとは知らなかった(体長:13㎝)。


Dipleura dekayi


とにかくどこから眺めても「ほう……」とか「すごい!」という言葉しか出てこない。これを文章化して褒め称えるには、Fっしる店長並みの文才が必要だ。







     * * *


次にホマロノトゥス類について少し書いておこう。


オルドビス紀前期に共通祖先である(とみなされている)Bavarilla hofensis (Barrande, 1868) が出現。これから五つの系列が分岐した。

1.未定亜科
これは Leiostegina 属を出したのみで、オルドビス紀後期に絶滅。

2.エオホマロノトゥス亜科
ここからはまず Eohomalonotus が出て、シルル紀の Brongniartella 、デボン紀の Homalonotus と続いたが、デボン紀中期で絶滅。

3.ケルフォルネラ亜科
ここからはケルフォルネラほかが出たが、オルドビス紀後期に絶滅。

4.ホマロノトゥス亜科
ここからはまず Platycoryphe が、ついで Digonus が出て、Parahomalonotus、Wenndorfia、Burmeisterella、Scabrella などが輩出したが、デボン紀中期で絶滅。

5.トリメルス亜科
ここからはシルル紀に Trimerus が、ついでデボン紀に Dipleura とBurmeisteria が出た。デボン紀後期に絶滅。


(参考ページ:Famille des Homalonotidae (Chapman, 1890) - Nach Taxon / By taxon - TRILOBITA.DE - Die Diskussions-Plattform für Trilobiten-Freunde

幻の三葉虫

信山社発行の「世界の三葉虫」(進化生研ライブラリー1)は、もう20年以上も前の出版物でありながら、いまでも新本で買えるところがすごい*1。内容は一部古びてしまっているところもあるが、その反面、今では入手しがたい種類や、出所の怪しげな珍品も紹介されているので、たまに開いてみると思わぬ発見があって楽しい。

本書は分類にベルグストレームの方法を採用している。これはこんにち一般に行われているものとはちょっと違っているので、その点は注意が必要だ。アサフスがレドリキア目に入っているのを見て、「これはまちがいだ!」と思わないように。そういう分類もまたありうるのである。

さて、この本の46ページにパラディン・コスカ(Paladin koska)というのが紹介されている(石炭紀前期、ベルギー産)。標本はなんとなくクシャクシャした感じだが、私はこのパラディン・コスカという名前が妙に気に入って、石炭紀の白い三葉虫を見かけるたびにこの名前を思い出していた。しまいにはパラディンとくればコスカという名前しか思い浮ばなくなってしまった。

最近になってパラディンを二つ手に入れたので、あらためてこのパラディン・コスカについて調べてみたところ、驚いたことに、そんな名前の三葉虫は存在しないようなのだ。少なくともコスカという名前と三葉虫とのあいだにいかなる接点もない。私の気に入りであるパラディン・コスカは、現実には存在しない、幻の三葉虫なのだろうか。

たしかにコスカという名の三葉虫はいないが、カスキア(kaskia)ならば存在する。パラディンの仲間は一部カスキアとも呼ばれている。そこで考えられるのは、Paladin (Kaskia) を読み誤って、Paladin koska としたのではないか。どうも本書の他の部分から推し量るに、その手の誤りが絶無とはいいきれないのだ。

金子隆一の「ぞわぞわした生きものたち」の89ページには、「ペルム紀後期の最後の三葉虫」として、カスフィアというのが紹介されている。このカスフィアというのも、私が調べたかぎりでは特定できなかった。これまたカスキアの読み誤りもしくは書き損じではないかと思っている。

というわけで、なかなかちゃんと読んでもらえないカスキアだが、このカスキアなる三葉虫、じつのところ市場にほとんど姿をみせない、文字どおり幻の三葉虫のようなのである。尾板だけならそこそこ出るようだが、完全体はほとんど出ないのではないか。ミズーリアラバマインディアナなど、おもにアメリカで産出する種類のようだ。

AMNH のページにはこれの完全体の画像が二枚出ている。これがどれほど貴重なものか、三葉虫ファンでも知らない人が多いのではないか。私もつい一時間前までは知らなかった。三葉虫という狭い領域ですら、知らないことは次から次へと出てくる。それはまた、楽しみがそれだけ次々に出てくるということでもある。


世界の三葉虫 (進化生研ライブラリー)

世界の三葉虫 (進化生研ライブラリー)

*1:いま見たらアマゾンでは在庫がなくなっているようだが、一時的な品切と思われる。そうであることを望む