三葉虫人間はどこにでもいる

「週間はてなランキング」とかいうのが目についたので見てみると、はてなブログでブックマークが何百とか、ものすごい数字が並んでいる。このあたりははてな村(今でも使われているのか?)の絶巓であり、極北である。自分のところと比べることさえおこがましいが、私のブログは4年近くもやっていて、アクセスは日に10人ほどで、ブックマークのごときは全記事あわせても一つだけ。いったいどこからこの差は出てくるんだ、と思う間もなく、三葉虫がテーマではそれもしかたないな、と思う。みなさんも心当たりがあるだろう。職場で、あるいは学校でもいいが、まわりに三葉虫を集めている人が何人いるか。たいていは一人もいないでしょう?

というわけで、マイナー分野をテーマにしたブログが読まれないのは当然のことなので、私がわるいわけではない。だれがやったって、そう、〇〇の巣穴や〇〇の世界や〇〇収集ブログのような、この世界ではメジャーどころであっても、注目度はたいてい☆ひとつが限度なのである。

話は変るが、私がいつも持ち歩いているクリアファイルには、バランド先生の図版集のページをプリントアウトしたものが入れてある。私としては洒落のつもりなのだが、もちろんそんなものにはだれも関心をはらわない。私もふだんはそういうものがファイルの表紙になっているのを忘れている。

あるとき、スタンドで給油していると、作業員が「おもしろいですなあ、化石ですか」といきなりいうので面食らってしまった。化石なんてこの車に置いてないぞ、と怪訝な顔をしていると、その人は窓越しにクリアファイルを指さして「それ、化石じゃないんですか?」という。はっとして、「はい、そうです。三葉虫です」と答えてしまった。

いままで社内で何人もの人に見られながら、それが三葉虫であることはおろか、化石であることにすら気づいてもらえなかったのに、スタンドの作業員に一発正解してもらえたのはじつに嬉しかった。化石の愛好家は意外なところにいる。ふだんはいないようにみえて、じつは電車であなたの隣に座ったひとが「三葉虫人間(Trilobite person フォーティの造語)」かもしれないのだ。

それ以来、見ず知らずの人がのぞきこんでいるスマホに自分のブログが出ていたら、というようなことを夢想するが、もちろん現実にはそんなことは起こりっこない。

化石や鉱物の手入れ

みなさんは標本につく埃はどうしてますか?

自分はケースに入れて保管しているから、埃なんか気にしない、という方もおられるでしょう。まあそれはそれでかまいませんが、ケースに入れているからといって、埃が付着しないとはかぎらない。まったく、埃というやつはどこからでも侵入する。それに、埃でなくても、脱脂綿やなんかの綿ゴミが標本に纏わり付いてる場合もある。ふだんは分らなくても、画像を撮ったりすると意外にゴミだらけ、ということもあるだろう。

さて、この標本に付着する埃だが、見た目がよろしくないのは当然として、いったい実害はあるのだろうか?

私はあると思う。たとえば、鉱物や化石を扱っている店の棚の下の方にしまいこまれた三葉虫たち。それらを見ると、母岩ともどもなんとなくくたびれて、煤けたようになっている。たんに表面が薄汚れているのではなく、標本の内部にまで汚れが沁み込んでいそうで、布で拭ったくらいでは簡単にきれいになりそうにない。これは長年にわたって標本に積もり積もった埃の作用でこんなふうになってしまったのではないか。

まあ化石の場合、ある程度の古色はかえって標本の品位を高めるかもしれない。問題は鉱物だ。これは硬度が低くなればなるほど外部からの作用の影響を受けやすくなる。それは見やすい道理だろう。埃くらいならまだどうにかなるが、タバコの煙なんかはてきめんに悪影響を及ぼす。煙の粒子が鉱物の表面に付着し、徐々に変質させていくのは自分の手元にある標本をみればわかる。それはもう水洗いしようが洗剤で洗おうが、ぜったいに元の状態には戻らない。

というわけで、せっかく手に入れた標本をなるべく長く元の状態のまま保管したいと思う人々にとっては、埃対策にもそれなりに気をつけなければならないのである。

私は最初、カメラのレンズの埃を飛ばすゴム製のブロワーがいいんじゃないかと購入してみたが、これはほとんど使い物にならなかった。埃というものは意外に粘着性があって、そう簡単には空気では飛ばせない。それに、繊細な標本の近くにこれを持っていってシュポシュポするのは、先端を標本に当ててしまいそうでこわい。まあないよりはマシ、といったレベルで、これはあまりお勧めではない。

私が標本の埃落としに使っているのは、パソコンのモニター用の刷毛だ。これは静電気の作用で埃を除去してくれるらしいが、正直いって静電気が効いているのかどうか定かではない。ただ、毛が非常に細く柔らかいので、たいていの標本に使っても大丈夫だ。究極のトゲトゲ標本といえるコネプルシアの逆立ったトゲをかき分けるようにして外殻の埃を除去しても、トゲにはまったくダメージを与えずにすむだろう。それに、刷毛の長さを調整することでコシの強さに変化をつけられるのもいい。しつこい埃には刷毛の長さを短くすることで対処できる。

鉱物の場合、化石とは比較にならないくらい表面の構造が繊細なものも少なくないが、いちおううちにある鉱物はどれもこのブラシできれいに掃除できる。脆いので有名なジプサムでもまったく問題ない。オーケン石くらいになるとちょっと心配だが、いつか手に入れたら試してみよう。


【2006年モデル】ELECOM コンパクトブラシ KBR-006BU

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グリーノプス・ウィデレンシス

「ニューヨークの三葉虫*1」という大判の本を飾る(?)何種類ものグリーノプス。その魅力的な画像を眺めながら、自分もいつかはニューヨークのグリーノプスを、と思っていたが、なかなかこれといった標本が見つからない。上記の本のすばらしい画像を見ているだけに、中途半端なものは買う気がしないのである。これはもうだめかな、と諦めかけたときにふと目についたのがカナダ産のグリーノプスだった。

カナダ、とくにオンタリオ州の南のほうでは、オルドビス紀三葉虫がよく産出するようだが、デボン紀のものはどうか。AMNHのページを見ても、載っているのはグリーノプスとファコプスだけで、最後のカリメネといわれる Calymene platys を加えても三種類にすぎない。これらのうち、ファコプスとカリメネはかなりの稀産のようなので、実質的にはカナダのデボン紀三葉虫といえば、グリーノプス一種類で代表させているのが現状ではないだろうか。

まあそれはともかくとして、ニューヨーク産が手に入らない以上、カナダ産につくよりほかない。なんといってもオンタリオ五大湖をはさんでニューヨークの反対側にあるので、地層的にはいちばん近いと思われるからだ。画像で見るかぎり、カナダ産のグリーノプスにはニューヨーク産ほどのオーラは感じられないが、それももしかしたら私がかってに作り上げた幻想かもしれないではないか。

というわけで、とりあえず手に入れたのが下の画像のもの。大きさは27㎜で、右の頬棘は前所有者が逆さまにつけていたのを正しい向きにつけかえた。


Greenops widderensis






買ったときは Greenops boothi という名前がついていたが、これはおそらく妥当でない。カナダ産のグリーノプスが G. boothi にきわめてよく似ていて、ほぼ同種であるとしても、細かく見ていけばやはり違いはある。数あるグリーノプスのうちでも、boothi といえば模式種なので、自分としてはやはりそれなりの敬意は払っておきたい。そして、カナダ産のは産地(Widder)の名前をとって widderensis としておくのがいちばん無難で分りやすいと思う。

ニューヨーク産のグリーノプス類については、上記のコーネル大の本(pp.129 - 130)に相違点が細かく書かれているから、興味のある人はそちらに就かれたい。ここではごくおおざっぱにその要点だけ書いておこう。

まずグリーノプスとベラカートライティア(Bellacartwrightia)の見分け方。

→中軸に棘が並んでいればベラカートライティア、なければグリーノプス。

ベラカートライティアには5種類、グリーノプスには3種類ある。前者はさておくとして、後者の見分け方を書いておくと──

→額環に目立った突起があれば G. boothi
→額環に目立った突起がなく、かつ尾板まわりのトゲが尖っていたら G. barberi
→額環に目立った突起がなく、かつ尾板まわりのトゲが尖っていなければ G. grabaui

こんなところでどうだろう。

*1:Trilobites of New York, Th. E. Whiteley et al., Cornell Univ. Press

コルポコリフェ・ルオーティ

某氏のブログに、複眼が保存されたロシアのアサフスの記事が出ていたので、手持ちのエキスパンススの眼をルーペで調べてみたが、個眼レンズなどひとつも確認できやしない。まあこれは仕方ないな、と思って、何の気なしにプリオメラ(同じくロシア産)の眼を覗いてみると、驚いたことにこっちには個眼が保存されている! 全体の保存があまりよくないだけに、まさかこの標本にこんなものが確認できようとは夢にも思わなかった。

というわけで、プリオメラの標本をもっている人は、ぜひルーペで眺めてほしい。あの小さい眼にびっしりとレンズが並んでいるさまはちょっとした見ものだから。

さて、そのプリオメラによく似たカリメネだが、これには個眼レンズどころか、眼そのものがなくなっているケースが大多数のようだ。もし眼の保存されたカリメネがあったとしたら、それだけで値段がぐんと上がるのではないかと思う。

今回手に入れたのは、そのカリメネの仲間であるコルポコリフェ。フランスのブルターニュで採れた標本で、この地方に特有の色合いをしている。そして、これには個眼レンズが(左だけだが)保存されているのだ。なるほどカリメネの眼はこういうふうになってるんだな、という漠然とした理解が得られる程度のものにすぎないけれども……


Colpocoryphe rouaulti



コルポコリフェについては、前にネセウレトゥスについて書いたときにちょっと触れた。そのときに、コルポコリフェ、サルテロコリフェ、ネセウレトゥスという、互いによく似た三種類の三葉虫の相違点をまとめた図にも言及したが、それをもう一度ここにあげてみると──



Neseuretus / Colpocoryphe / Salterocorypheより)


コルポコリフェに特徴的な尾板の凹みは、今回の標本でもよく確認できる。というか、これを実物で確認するために今回の標本を買ったようなものだ。なるほどこういう特徴は他のカリメネには見られない。人間でいえばこけたケツ、つまり肉が削げ落ちてくぼんだお尻でもあろうか。



尾板と並んで特徴的なのは、頭部の前面にみられる弧状の切れ込みだろう。カリメネにしろホマロノトゥスにしろ、この部分にはたいてい「縁」がついているが、コルポコリフェの頭部に「縁」はほとんど見られない。「縁あり」に慣れた目からすると、あるべき縁がすっぱり切り取られたかのような、ちょっと異様な風貌にみえる。



コルポコリフェの模式種は Colpocoryphe arago で、これは1849年にマリー・ルオー(Marie Rouault)が Calymene (Synhomalonotus) arago として記載している。ブルターニュのイル・エ・ヴィレーヌ県で採取されたもので、arago というのは、ルオーが世話になった科学者兼政治家のフランソワ・アラゴへの献名らしい。その後、1918年にチェコの研究者のノヴァクによって Colpocoryphe と改名された。

ノヴァクの先生であるバランドの図版集には、このカリメネ・アラゴの図が出ている*1。それらを見ると、たしかにフランス産のものに酷似していて、ほとんど同一種がチェコでも産出したことがわかる。シュナイドルによれば、チェコで産出するコルポコリフェには5種類あって、無眼のものから眼が飛び出たものまであるそうだ。

チェコばかりでなく、コルポコリフェの仲間はヨーロッパ各地、さらにモロッコでも産出する。SSPの図鑑をみると、11個もの標本があがっているが、それらすべてが厳密にコルポコリフェ属であるかどうかについては疑問がなくもない。

まあ私はそんなに多くのコルポコリフェを必要としているわけではないので、模式種に近いフランス産のものが手に入っただけで満足している。




標本データ
名前:Colpocoryphe rouaulti
サイズ:37mm
産地:Massif Armoricain, France
地層:Formation de Traveusot
年代:オルドビス紀中期

*1:Barrande 1872: Pl.2, fig.34-40, Pl.8, fig.10-12

スコトハルペス・スパスキイ

前から欲しかったがあまりの高さに手が出せずにいたもの。今回わりあい安価に買えたのはラッキーだったが、一般に出回っているものよりも一回り以上小さい(18㎜ほど)。このサイズのおかげでだいぶ安くなっているように思う(ふつうは25㎜ほど)。

しかし本種は最大で50㎜に達するらしく、それに近い大きさの標本も売られているようだ。そういうものからすると、25㎜も18㎜も小ぶりであることに違いはない。そう思ってサイズには目をつぶることにした。


Scotoharpes spaskii



今回の標本で気に入ったのは、胴が巻かずにまっすぐ伸びているところ。私は基本的にエンロール状態が苦手なので、カリメネにしろファコプスにしろ、丸まったやつにはどうも愛着が湧きにくい。今回のハルペスはやや反り返り気味だが、これはまずまず許容範囲内だ。



さてハルペスといえば、鍔の部分に開いた無数の孔が特徴なのだが、この標本ではそれらの孔はあまり明瞭でない。それどころか、凹ではなくて凸で保存されているようにみえる。そしてそれら無数の凸は、鍔の内側から外側へ向けて、放射状に広がっている(ちょうどハルピデスの genal caeca のように)。



あと、購入元によればこの標本は修復率1%とのことだが、この数字はどうだろうか。ブラックライトを当ててみると、あちこちから怪しい光を発する。この光った部分をルーペで拡大してみると、たしかにその箇所では何らかの処理が行われているようだ。しかし具体的に何が行われているかを確認するのは困難だろう。



最後に、名称の問題について書いておこう。本種の種名の spaskii は spasskii と書かれることもあるようだ。どうして二通りの表記が行われているかといえば、最初の記載者であるアイヒヴァルトのちょっとした間違いがその遠因になっている。

アイヒヴァルトは、エストニアのタリン近郊で見つかった新種の三葉虫を Trinucleus spaskii と名づけて、自分の友人のJ. T. スパスキ教授への献名としたが、教授の名は Spasski と綴るので、正しくは spasskii でなければならない。ところがアイヒヴァルトはうっかりそれを spaskii としてしまった(sをひとつ落した)。学名というものは、いったん決った以上は、たとえ綴りが間違っていたとしても、あとから変更はきかないらしく、spaskii という権利上の名前がこんにちまで生き残っているわけだ。

その一方で、事実上の名前をとって spasskii とする人々もいる。じっさいのところ、1881年にフリードリヒ・シュミットが spasskii 表記を採用してからというもの、ほとんどすべての人が右へならえで spasskii を使っているらしい。

そういうわけで、慣用的には spasskii で何の問題もないが、私はあえて spaskii にこだわってみた。モーニング娘には「。」がついていないとダメだ、という人には分ってもらえるだろう。


産地情報:
Lower Ordovician, A. lepidurus zone
Putilovo quarry, St Petersburg region, RUSSIA



(追記、5月4日)
スコトハルペスの「スコト」というのは、スコットランドの「スコット」から来ているらしい。つまりスコットランドで産出するハルペスに「スコトハルペス」という名前がつけられ、それがそのままロシア産のものに流用(転用?)されているわけだ。

スコットランド産の模式種 Scotoharpes domina のタイプ標本が下記のページで見られるから、興味のあるかたはどうぞ。

SPPLとMFの「ロシアのオルドビス紀三葉虫」によれば、本種は Solenoharpes や Aristoharpes といった属名で呼ばれることもあったらしいが、それらはいずれも後から出た異名にすぎないので、先行の Scotoharpes にプライオリティが与えられているとのことだ。

ちなみに、ハルペスという属名は 1839年にゴルトフス(Goldfuss)がアイフェル産の模式種(Harpes macrocephalus)に与えたもので、形態的にはモロッコで産出するハルペスにいちばんよく似ている。