眼のない三葉虫の眼

眼のない三葉虫の代表格であるボヘミア産のコノコリフェとエリプソケファルス。今回チェコの業者からコノコリフェを取り寄せたところ、いっしょに小さいエリプソケファルスの標本も送ってきてくれた。それらを見て思うのは──

たしかに眼はないようにみえる。しかし眼の痕跡らしきものが残っているのには驚いた。


コノコリフェ・ズルツェリ(Conocoryphe sulzeri)


固定頬前部を横に走る条が頭鞍に接するあたりに小さい膨らみがあるのが分るだろう。おそらくこれが眼の痕跡で、もともとちゃんとした眼がついていたのが、環境に順応していく過程で徐々に退化し、ついには痕跡だけ残して視覚機能は放棄してしまったものらしい。種によってはこの痕跡すら消え去ってしまい、まったくののっぺらぼうになっているのもあるようだ。

今回手に入れた標本はなかなか保存がすばらしく、通常は欠損している頬棘の痕跡がはっきりと認められる。

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あと余談だが、だいぶ前にコノコリフェをネタにして三葉虫の呪文を作ったことがある。

コノコリフェ
このコノコリフェ
このコリフェ
あたま出すなよ
スフェロコリフェ

これを覚えておいて、なにか厄介なことが出来しそうになったら、小声で唱えるといい。少なくとも私の場合は効果覿面だ。

註。コリフェは「頭」の意味のギリシャ語。スフェロコリフェは頭がボール状にふくらんだ異形の三葉虫

ちなみにコノコリフェの名前の由来を書いておくと、コーノス(conos 円錐状のもの)とコリフェ(coryphe 頭)との組み合せで、とんがり頭の三葉虫、という意味をもたせているのだと思う。もっとも、とがっているのは頭全体(セファロン)ではなく頭鞍(グラベラ)のほうだが。

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さて次はおまけでついてきたエリプソケファルス。


エリプソケファルス・ホッフィ(Ellipsocephalus hoffi)


これでみると、顔の両端に、薄い、しかしはっきりした瞼翼が確認できる。まさかこの種にこんなものがあるとは思いもよらなかった。これだけ見れば、りっぱに眼のある三葉虫として通用しそうだ。

エリプソケファルスの名前の由来は、エリプソ(ellipse 楕円形の)+ ケファルス(cephalus 頭)。この場合も頭は頭鞍を指すと考えたほうがいい。

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ボヘミア産の三葉虫が三種類そろったので、記念撮影をしておいた。三種ともインツェ累層から出たもの。



(追記、7/24)
上にエリプソケファルスについて「りっぱに眼のある三葉虫として通用しそうだ」と書いたが、どうもそれどころではなくて、ちゃんと眼のある三葉虫として認知されているようだ。1988年に出たドイツの雑誌 Fossilien にハインツ・コワルスキという人が次のように書いている。

「(エリプソケファルスの)細長くやや弓なりになった眼はまったく目立たないので、昔の記載者たちは眼のない種類だと勘違いしたほどである」

もしこれが欧米での一般的な認識なら、エリプソケファルスをさして「眼がない」と言っているのは日本人だけということになるのだろうか。

私は研究者ではないからどっちが正しいともいえないが、少なくともこういう説があることだけは知っておくべきだと思う。