セレノペルティス頌

セレノペルティスが三葉虫愛好家たちの「あこがれ」とされた時代もあったようだが、今ではヤフオクその他でわりあい簡単に手に入る。私も去年そのひとつを手に入れた。下の画像のものがそれだ。



これはモロッコ産のセレノペルティス・ブッキ(Selenopeltis buchi/buchii)で、その南蛮鉄のような質感には驚かされたが、形のほうがどうも……

人間でいえば「ずんどう」のようなその体型と、サイズの大きさからくるフェイク感のために、完全に満足するところまで行かなかった。購入元はにせものを売るような業者ではないが、どうもほんものの化石ならではのリアリティが稀薄なような気がするのだ。

セレノペルティスはリカス目オドントプレウラ科に属していて、この科のものには他にアカンタロミナ、ボエダスピス、ケラトヌルス、クルスティニア、ディアカンタスピス、ディクラヌルス、ケットネラスピス、コネプルシア、レオナスピス、メドウタウネラ、ミラスピス、オドントプレウラ、ラディアスピスなどがある。いずれも棘で飾られた(武装した?)タイプのもの。

ちなみに、これらの名前の後ろによくついているアスピス(-aspis)というのは「楯」という意味で、三葉虫の体を楯に見立ててこう命名されたので、「棘」の意味ではない。アスピスのつく三葉虫用語では、プロタスピス(原楯体)、メラスピス(幼楯体)、ホラスピス(完楯体)などがある。

セレノペルティス(Selenopeltis)の名前の由来はといえば、月の女神のセレネーと、楯もしくは槍をあらわすペルティスの合成語のようだ。セレノペルティスの側葉には半月型に盛り上った肋が並んでいるから、それでこう名づけられたのではないかと思う。この属において密かな魅力を放っているのが、この半月型の肋の盛り上りと、軸部の端に二列に並ぶ丸い瘤のような突起なのだが、これらが力強い造形感を伴っている標本にはなかなかお目にかからない。

まあそれはそれとして、セレノペルティスの魅力としてもうひとつあげられるのが、その宇宙人じみた独特のフォルムである。最初期の、というのはつまりもっとも原始的な三葉虫であるオレネルスなんかもかなり宇宙人ぽい容姿の持主だが、セレノペルティスのそれは一段と異様だ。

英国産のセレノペルティス・イネルミス(S. inermis)には、自在頬の外れた標本がよくあって、それらを見るとまるでエイリアンの骨格標本である。地球外生物が内骨格(!)をむき出しにしてきゃらきゃらと踊っているようで、思わず大手拓次の「骸骨は踊る」という詩を連想してしまう。

まあ、自在頬が外れた標本はどれもいくぶんかは宇宙人的ですけどね……

いずれにしても、今もっているモロッコ産のものに百パーセント満足しているわけではないので、機会があれば他の産地のもの、できれば英国産を手に入れたいものだと思っていた。そんなおり、eBay でふと見かけたのが黄鉄鉱化したセレノペルティスである。

黄鉄鉱化した三葉虫といえば、前に同じ業者からメタカンティナの化石を購入したことがある。その後気をつけていると、クロタロケファルスやファコプスが何度か出品されていて、いずれも数時間で売れてしまうようだ。

私はためらうことなく BUY IT NOW ボタンを押し、すぐさま支払いをすませた。で、数日後に送られてきたのが下の画像のもの。


Selenopeltis aff. buchi


購入元からの情報によると、モロッコはアトラス山脈にあるエル・カイド・エラミ近郊の新産地から出たもので、ここの暗灰色の結晶質石灰岩に含まれる化石(ただし三葉虫は少ないらしい)は外殻が黄鉄鉱で置換された状態で見つかることが多いとのこと。もちろん真偽のほどは不明だ。

ところでこのモロッコ産のセレノペルティスだが、いちおうS.ブッキという名前はついているものの、ブッチラフィーヌ産のS.ブッキにも似ていないし、英国産のS.イネルミスにも似ていない。新産地から出た新種ということになるのだろうか。

いずれにせよ、肋部や軸部の隆起はまずまずのものだし、自在頬が外れていないにもかかわらず、頭部が微妙に宇宙人感を漂わせているのも嬉しい。これを見ていると、喩えは古いが黄金バットを思い出す。さらには金箔を貼った髑髏盃にも連想が及ぶ。

セレノペルティスでは英国産は依然として私の「あこがれ」だし、モロッコ産でもロンギスピヌスと呼ばれるものに興味はあるが、さしあたってはこの黄鉄鉱化セレノペルティスで満足することにしよう。