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オギギオカレラ・デブッキイ

2014年度はボヘミア三葉虫で明け暮れたが、けっきょくのところバランドの図版集やシュナイドルの写真集から得たいちばんの教訓は、「三葉虫の標本は完璧じゃなくてもいいんだよ、むしろ完璧じゃないほうがいい場合だってあるよ」ということだ。

たとえばバランドの1852年の図版集にあるノビリアサフスの図。これは見るものを圧倒するという点では集中一、二を争うものだが、たんにサイズが大きい(約25cm)というだけでなく、保存のわるさに起因するピクチャレスクな風合いがその大きな魅力になっている。

もしこれが完全無欠な美麗個体だったら、おそらくそれほど人に迫ってくるものはなかっただろう。たしかに頭鞍は圧されて凹んでいるし、眼もつぶれてまるで涙を流しているかのようだ。しかしこれらの欠陥はけっして全体の美観(?)を損なうものではない。むしろこういう欠損があるために、廃墟の美にも通じるある種の倒錯的な魅力が加わっているように思う。


ノビリアサフス・ノビリス(Nobiliasaphus nobilis)


さてこの図を見てノビリアサフスに興味をもったはいいが、ざっとネットを見渡してもこれといった標本が見当らない。どうもノビリアサフスならではの魅力を十分に備えた個体が極端に少ないような気がする。それならばというので、原点に戻ってアサフス類全般に目をやると、オギギオカレラの標本でこれに近いのが見つかった。下にあげるのがそれだ。


オギギオカレラ・デブッキイ(Ogygiocarella debuchii)


体長は7.5cmで、バランドの図のものと比べるとずっと小ぶりだが、頭鞍の凹み具合といい目のつぶれ方といい、まずはいい味を出しているのではないか。


     * * *


オギギオカレラは英国で最初に見つかった三葉虫のひとつで、ルイド博士の図はべつにしても、マーチソンの「シルル系」やソルターの「英国の三葉虫」にも図が出ている。


マーチソンの本より


ソルターのモノグラフより


今日オギギオカレラやオギギヌスと呼ばれているものは、かつては十把一絡にオギギア(Ogygia)と呼ばれていた。それがいつごろからか細分化され、今日ではオギギオカレラ、オギギオカリス、オギギヌス、オギギテス、シュードギギテスなどの名称が定着している。まあたしかにどれもよく似ているので素人には判別はむつかしい。オギギオカレラだけとってみても、それがデブッキイなのか、アングスティッシマなのか分る人は少ないのではないか。

尾板の対になった肋の数をかぞえてみて、7か8ならばオギギヌス・コルデンシス(Ogyginus cordensis)、9か10ならばオギギヌス・インテルメディウス(Ogyginus intermedius)、11か12ならばオギギオカレラ・デブッキイ(Ogygiocarella debuchii)、13か14ならばオギギオカレラ・アングスティッシマ(Ogygiocarella angustissima)だという説がネットに出ていたが、いま確認しようとしたらソースが見当らない。しかし、あながち間違いではなさそうなので、ここに書き留めておく。


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あとひとつ、アサフス類に特徴的な外殻周辺の条線。これは前にもコメント欄でちょっとふれたが、バランド先生はこれについて「重複板の印象」とのみ書いている。この重複板の印象なるものがどうにも腑に落ちなかったが、いろいろ調べた結果いちおうの理解に達した。

重複板というのは三葉虫の本体の下側に折れ込んだ外殻の延長で、アサフスの仲間ではこれに同心円状の溝が刻まれているのである。重複板は外殻のすべての部分に及んでいるので、三葉虫をひっくり返して裏側から見ればこの同心円状の曲線が体の周囲を取り巻いていることになる。

この曲線が化石化の過程で印象として石に刻まれ、外殻のはがれ(もしくは溶出)とともにその印象がむき出しになったのが、先生いうところの「重複板の印象」なのだと理解しているが、はたして合っているだろうか。


参考画像(アサフィスクスの裏側。棘の先端にも重複板があり、そこにも条がついている)


で、この溝の機能だが、どうやら靴やタイヤの溝と同じで、すべり止めのために役立っていたのではないか、というのが通説のようだ。三葉虫が泥の上に身を伏せて、脚で餌をあさっている(もしくは口に運んでいる)ときに、滑らないよう体を安定させるのにこの溝が役立った、というのだが、もちろん推測の域を出ない。