アンピクスの一種

今年になっていくつかモロッコ産の三葉虫が届いたが、どれも「~の一種」というだけで種名がついていない。いわく、アンピクスの一種、エウロマの一種、ケイルルスの一種……

そういえば去年買ったモロッコ産のキクロピゲやプラコパリアやティサノペルティスも sp. としか書かれていなかった。

モロッコではそれだけ多種多様な三葉虫が産出するということだろうか。

まあ、種の同定にはつねに過誤がつきまとうので、「~の一種」としておくのがいちばん無難なのは確かだ。裏を返せば、種名がついているからといってそれが正しいかどうかはよくよく調べてみないと分らない。名の通ったショップやディーラーでも、この点に関しては信用できない場合が少なくないのである。

さて今回とりあげるのはアンピクスの一種。アンピクスはラフィオフォルス科に属する三葉虫で、同じ科に属するロンコドマスやクネミドピゲと紛らわしいが、いちおうの差異を書いておくと、アンピクスとロンコドマスは見た目はほとんど同じ、ただし前者は胸節が6、後者は5という違いがある。クネミドピゲは尾板にもたくさんの肋がついていて、頭鞍のつくりもやや複雑だ。ラフィオフォルス科に属する三葉虫はすべて眼がない。

眼がなくてどうしていたかといえば、じつはよく分らないらしい。三本の長い棘をアンテナのように使って泳ぎ回っていたという説もあるし、これらの棘を水流の変化に対する安定維持のために役立てていたという説もある。いずれにせよ底棲生活者でなかったことだけは確かのようで、そのぶん化石としては残りにくく、どっちかといえば稀少な部類に属する。

ロシア産のラフィオフォルス類は稀少なうえに保存がよく、クリーニングが完璧でさらに修復技術が半端でないという理由で、おそろしく高価になっている。こんなのは高嶺の花とあきらめるよりほかない。となると次なる狙い目はオクラホマやガーヴァンのロンコドマスだが、これらもそれほど入手しやすいわけではない。というわけで、ラフィオフォルス類については、とどのつまりモロッコ産のアンピクスか、英国産のクネミドピゲを手に入れる以外、ほとんど選択肢はないことになる。

モロッコ産のアンピクスには赤いタイプと茶色のタイプの二種類がある。化石化するさいの周りの石質によって変るようで、複数の個体の並んだ標本をみると、わずか数センチ離れただけでもう色が赤から茶色に変っている場合もある。もっとも、オルドビス紀三葉虫といえどもクリーニングのさいには着色はふつうに行われているようだから、色の差異をそれほど気にすることはないのかもしれないが……

私の買ったのは茶色のほうのアンピクスで、片方の棘が途中で切れていることもあって安かった*1。この棘は断面をみると丸ではなくて四角形に近いらしい。同一個体の左右の棘が、片方は曲っていて片方はまっすぐの場合もあることから、ある程度の柔軟性があったのではないか、ともいわれているが、たしかにそういう柔らかいものなら化石化する前に溶けてしまう可能性も高いだろう。英国で産出するクネミドピゲなどは棘が残っている標本はほとんどないようだ。


Ampyx sp.


ロシア産のものには及ぶべくもないが、こうやって母石にへばりついたような格好で保存された標本が見ていていちばん安心する。何十万も出して買ったものの棘がぽきりと逝ってしまった日には世をはかなみたくもなるだろう。

*1:モロッコ、ザゴラ近郊、フェズアタ層(下部オルドビス系)