サオ・ヒルスタ

ジョアキム・バランドがその個体発生の段階を克明に記録したことで知られるサオ・ヒルスタ。しかしこれもまともな標本を探すとなるとけっこう大変だ。スクリイェ界隈で多産するとはいえ、その多くはばらばらになった欠片で、成体で完全なものはほとんど出ないらしい。私もボヘミア三葉虫に興味をもって一年になるが、いまだちゃんとしたサオの標本を目にした記憶がないのである。

ちゃんとした標本が無理ならそうでない標本、すなわち部分化石を探すしかない。部分化石は見た瞬間にこれはだめだと思うようなのが多いが、今回手に入れたのは幸いにしてかなり気に入った。サオ・ヒルスタは写真(とくにモノクロの)で見るとじみな、つまらない三葉虫のようだが、現物はなかなかの見ものである。なによりもその名前の由来になったところの(?)全身を覆う粒々の排列がすばらしい。またリモナイトの作用であざやかな黄色に染まった内型と、青みをおびたダークグレーの母岩とのコントラストが目に快い。体節はばらけかけているとはいえ、各部分はアーチ型に隆起していて、外殻が外骨格、つまり骨であることをあらためて認識させるような造形上の美を保っている。これは小さい(3cmほど)けれどもじつに味のある標本だ。


Sao hirsuta


さてその次に手に入れたのが頭部、正確にいえば頭蓋の標本である。頭蓋(cranidium)というのは三葉虫の頭の主要部分で、頭鞍(glabella)と固定頬(fixigena)とを合わせた部分を指す。この頭蓋に自在頬(librigena)の加わったのが頭の全体、すなわち頭部(cephalon)ということになる。人間の頭蓋とは比較にならないくらい単純で分りやすいが、「頭鞍=三葉虫の頭」と思いこんでいる人もいるようだから注意が必要だ。

この頭蓋の標本は、さきに入手した標本の欠損部分を補ってくれるという意味でも私には貴重だ。やや反り返った前縁まで粒々がびっしりと覆っているが、この粒々は、シュナイドルもいうように、外殻の出っ張ったところに集中的に散りばめられている。このことが装飾の全体にある種のメリハリを与えているのかもしれない。またこの頭蓋はかなり大きくて(幅2cmほど)、もし完全体だったら4~5cmはありそうな、りっぱな体格をしている。



最後にサオ・ヒルスタという名前について書いておく。ヒルスタとは毛深いという意味だから、サオ・ヒルスタは毛深いサオ、ということになる。毛深いといえば毛ガニみたいなものを連想するが、化石を見るかぎりでは毛ではなく顆粒もしくは小さい棘で全身が覆われている。このぶつぶつ、ざらざらした質感がサオ・ヒルスタという種に特異な存在感を与えていることはすでに述べた。

バランド先生の図版集に出ているサオのなかには、背中にずらりと長い棘の並んだものがある。これはおそらく外型(ネガ)による復元で、内型(ポジ)でこういうものの残っている標本はまずないだろう。