オブジェとメタオブジェ

──植物化石はどんなところが魅力ですか?
──うーん、たとえば私は標本という言葉が好きなんですよ。で、標本、specimen というのは、要するに見本、サンプルのことなんですね。ある種をあらわすのに、それの見本になるようなものを作ってみよう、というのでできたのが標本です。
──はい。
──そこで思うんですが、植物化石の標本くらい標本らしい標本はないんじゃないかと。なにしろロボクやリンボクをまるごと持ってくるわけにはいきませんからね。どうしてもその一部をサンプルとして取り出す、ということになる。で、そういう、まあ手のひらサイズの標本ですね、そういうものからさえ、もとの大木を表出することができるというのは、なんにせよ人間の想像力の偉大なところだとは思いませんか。
──そうかもしれませんね。
──この、部分によって全体をあらわすというのは、修辞学のほうでは喚喩とか提喩とか呼ばれているようですが、私はこの方法が好きなんですよ。こういう観点に立つと、部分化石にもじゅうぶん存在理由が出てきますよね。
──ええ、まあたしかに植物化石はほとんどすべて部分化石ですからね。
──で、そうなると、大小はあまり問題になりません。たとえ1メートル四方のリンボクの化石があったとして、やっぱり部分化石には違いありませんからね。同じ模様が一平米のうちに整然と並んでいるのは壮観かもしれませんが。
──そういうのを好む人もいるんでしょうね。
──もちろんですよ、博物館級のものを求める人はいつでも、どこでもいます。
──自宅を博物館にでもするつもりですかね。
──さあ、どうでしょうか。まあ好みは人それぞれだからいいとして、私はそういう大木の化石が小さい手のひらサイズの標本になっているのが好きなんです。小さくても、もちろん原寸大のほんものですからね。現物見本には違いありませんよ。
──植物化石といえば、私なんかはすぐにメゾン・クリークのものが頭に浮ぶんですが、あれなんかどうでしょうか。
──わるくないと思います。昔の本を見ると、古生物学者の研究室や書斎には必ずメゾン・クリーク産のものと同じような、ノジュールを割って出た縦長の葉っぱの化石が置いてありますね。私は長いことあれが何なのかわからず、変なものが置いてあるな、というくらいの認識でしたが、まさかああいうものを自分でも所有する日がくるとは思ってもみませんでしたね。



──メゾン・クリークのものは、どうも渋いというかなんというか、私なんかには漢方薬局の店先に出ている得体の知れない薬草にしか見えないんですが。
──まあそうでしょうね。でも好きな人にはそこが魅力なんじゃないかな。
──渋好みというやつですか。
──三葉虫でいえばボヘミアで採れるやつね、あれも漢方薬になりそうな形と色合いをしていますよ。
──じっさい中国ではスピリファー(石燕)という腕足類の化石をすりつぶして薬にしていたらしいですね。
──それどころか、1935年にギガントピテクス(大型の類人猿)の化石が見つかった場所は香港の漢方薬店だといいます。
──中国おそるべし、ですね。
──なにしろ澄江なんていう世界的に有名な産地があるんですからかないませんね。
──その澄江の化石ですが、しろうとにはよく分らんものですな。
──そうでしょうね。知らない人には石についた染みくらいにしか見えませんものね。だいたい化石を楽しむにはある程度の知識が必要ですが、しかし知識がないとおもしろみがさっぱり分らない、というようなものはダメだと思うんです。
──それはちょっといいすぎでしょう。コレクターズ・アイテムという便利な言葉があるじゃないですか。
──そう、澄江とかバージェスのものはコレクターズ・アイテムですね。
──私らにはああいうものより、まだ形のはっきりした植物化石のほうに親しみがわきます。
──われわれにとってだいじなのは学術的な価値よりむしろ形のほうですからね。
──それにしても、貝殻とか三葉虫の外殻なんていう硬いものが化石として残るのはまだ理解できるんですが、植物の葉っぱとか枝とか、あんな朽ちやすいものが化石になるというのが信じられません。
──ほんとにふしぎですね。
──こういうもの専門のコレクターっているんでしょうか?
──専門の学者はいると思いますが、趣味で植物化石だけ集めてる人というのはちょっと想像がつきませんね。
──ただ、しろうと目には同じようにみえても、その道の人がみるとかなり違いがあるんでしょう。その微妙な違いに惹かれて数を集めている人もいないわけではないと思いますが。
──たしかに細かく見ていくとおもしろいのかもしれませんが、少なくとも私はあつめた化石について細かく分類しようとか、きちんと同定しようとか、そういう気持にはなりませんね。なんとなく古代の植物の化石がそこにある、というだけで満足です。
──私が化石に興味をもったのは、もとはといえば室内装飾の延長なんですよ。
──そういう観点からすれば、植物化石というのはどうですかね。
──いや、もうこれがまったく飾りにはなりませんね。だいたいが母石と同じような色をしていますから、ちょっと離れるともうただの汚い石のかけらにしかみえません。よほどうまく照明をあてるか、センスよく排列するかですね。
──植物化石がディスプレイに向かないのは私も感じています。
──なんとか救済する方法はありませんかねえ。
──さっきもいったように植物化石はいちばん標本らしい標本なんだから、標本を扱う正道に戻してやればいいんじゃないですかね。
──といいますと?
──つまり標本箱をつくって、そこに入れるのがいいんじゃないかと。
──なるほど、白い紙箱に脱脂綿といっしょに入れて、それにラベルも入れておく、というわけですね。
──たぶんそれがいちばん植物化石にはあっていると思います。
──ただ標本に応じた紙箱を用意するのはちょっとめんどくさいですね。
──それくらいのことは楽しんでやらなきゃ愛好家とはいえませんよ。
──そうそう、それで思い出しましたが、ジョゼフ・コーネルという人がいるでしょう。
──ええ、箱詰めにしたオブジェの製作者ですね。
──植物化石もあんなふうに箱詰めにしたらちょっとしたアートになるんじゃないでしょうか。
──それは思いつきとしてはおもしろいと思うが、じっさいはどうでしょうか。なにしろものが植物化石ですからねえ、美麗なものにはなりっこないし、かといって見る人の心をあやしく騒がせるようなノスタルジックなものとも無縁のようですね。
──あまり奇を衒ってもろくなものにはなりませんね。
──思いつきとしておもしろいといったのは、つまりそれがオブジェのオブジェ、つまりメタ・オブジェになっているからです。メタというのはギリシャ語の前置詞からきた言葉で、なにかのあとにある、という意味です。英語でいえばアフターですね。個々の標本はオブジェであって、それ以上でも以下でもない。ただそれをあつめて箱に入れることで、その箱そのものがオブジェのあとにできたオブジェ、つまりメタ・オブジェになる。われわれが標本箱をみて、そこになにか心を動かされるものがあるとすれば、それはメタ・オブジェの効果といってもいいのではないでしょうか。たとえそれがいわゆるアートから程遠いものであってもね。
──さきほど出たメトニミックな観点からすると、標本箱をあつめた陳列室はメタ・メタ・オブジェになりますね。
──そういう、オブジェが幾重にも入れ子になっているところに博物館の魅力があるんじゃないでしょうか。
──そうともいえますね。とりあえずがんばって標本箱作りから始めますかね。