三葉虫の蒐集について

ヤフオクをみると、ロシア三葉虫の女王ことボエダスピスが出品されている。しかも最落なしのようだから、値段はどうあれだれかの手に落ちるのは確実だ。これにはさすがに嫉妬を禁じえない。どこかの金持が物珍しさだけでかっさらっていくのでないことを祈る。

それにしても、自分の守備範囲外のことでさえ嫉妬心をあおられるのだから、まったく蒐集というのは業が深い。

蒐集ということでいえば、前の日記で言及した、ヨーロッパ屈指の三葉虫蒐集家ボンメル氏が1988年のフランスの雑誌「鉱物と化石(Minéraux et Fossiles)」に記事を寄せているので、その一部を適当に端折りながら抜き出してみよう。


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最初に三葉虫を掘り出したときの喜びは格別のものだが、この喜びは何度も繰り返し味わうことができる。地道な探求を諦めなければの話だが。

じっさい三葉虫の蒐集は容易なわざではない。

20種ほど集めれば、三葉虫についていちおう正確な理解が得られるだろう。100種ほど集め終ったとき、蒐集に一定の方向性がみえてくる。ここからさらに数をふやして1000種に達するのは、長年月を要する達成困難な目標だ。そこで視点を変えてみる。かんじんなのは単に種数をふやすのではなく、それぞれの科を代表するようなものを集めること。見栄えのするものを集めたがる気持はわかるが、そのうち見てくれよりも稀少性のほうに力点が置かれるようになるだろう。こうしてはじめて蒐集は体系的なものになり、相応の価値をもつようになるのだ。

当然の話だが、自国内にとどまっていては、いくら超人的な努力を払っても蒐集には限界が出てくる。たとえばフランスにはカンブリア系もシルル系もない。自分で掘ることにこだわるかぎり、海外をあちこち飛び回る必要が生じるわけだが、これは現実的な方法であろうか?

幸いにして化石は売買できる。転売業者にろくなのがいないとしても、篤実な学者やアマチュアから買うという手もある。値段が高いからといって驚いてはいけない。三葉虫の化石は貴重品なのだ。また見栄えのよさと稀少性とを混同しないこと。見栄えのよいものほど高値がつくと思いがちだが、それは売るほうも買うほうも認識不足なのである。アマチュアから買う場合は、その人が真の蒐集家であるか、それとも投資目的なのかを見究めることも大切だ。

じっさいのところ、化石標本に適正価格はない。いちばん欲しがっている人が払ってもいいと思い、二番目の人がこれはむりだと思ったその価格が当該標本の価格になるのだ。

標本の交換について。だれでもそうだが自分の掘り出し物には実際以上の価値があると思いたがる。それが理想的な交換の妨げになるのだ。理想的な交換とは、当事者二人が後味のわるい思いをすることなく、ともに満足して別れられるようなのをさす。これが困難なのは、ミネラルフェアでの交換の現場をみればよくわかるだろう。

いちばん手っ取り早いのは、海外の蒐集家と直接取引することだろう。外国のクラブに登録するのもいい方法だ。

もちろん、交換や売買で手に入れた三葉虫は、自分で掘り出したものほど愛着はわかないだろう。それらには来歴も思い出も備わっていないのだから。とはいうものの、前々から欲しいと思っていた種類を手にする機会を得るのはわれわれにとってなんという大きな喜びだろう。それは真正のコレクターのみが感じ、理解できるたぐいの喜びだ。


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ボンメル氏は最後に「みなさんの化石蒐集が実り豊かでありますように(Bonne chasse à tous!)」と結んでいる。