ディクラヌルス・ハマートゥス・エレガントゥス

多くの三葉虫愛好家にとってディクラヌルスは特別な三葉虫だ、という話をよくネットで見かけるが、これがどうにも腑に落ちなかった。「そんなにいうほど特別かなあ、数あるとげとげ三葉虫のひとつにすぎないんじゃないの?」というのが正直な気持だった。

ところが、先日ヤフオクで購入したディクラヌルスの標本を見て、これはやはりみんながもてはやすだけのことはあるな、と初めて納得したのである。最初はそれほどでもなかったが、見れば見るほど心に食い入ってくるその特異な形相。これはいけない、と思ったときはすでにディクラヌルスの魅力の前に屈している自分がいた。


Dicranurus hamatus elegantus


とうとう高額の稀少種に手を出してしまったわけで、ご先祖様に対してどう申し開きをすればいいのやら……

いや、じっさい体の一部が飛んでいても、場合によっては部分化石でもOKなのだが、この手の種類にかぎってはどうしても完全体でないと気がすまない。なまじ保存状態がいいだけに、中途半端なものでは満足できないのだ。これが嵩じると、完全体至上主義に陥ってしまい、はなはだ窮屈な思いをすることになる。ここまでくるともう化石の奴隷みたいなもので、主導権は明らかに客体のほうに移行している。こんなのは困るね……


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Di-cran-urus という名前は、頭(cran)の後ろ(urus)が二又(di)になった、という意味で、1841年にT.A.コンラッドというアメリカの学者が Acidaspis hamata を Dicranurus hamatus として記載したのが最初のようだ。しかしそれ以後も Acidaspis という属名は広く使われていて、バランドもボヘミア産のディクラヌルスを Acidaspis monstrosa として記載している。ちなみにこの monstrosa という種名はいまでも生きていて、モロッコ産のディクラヌルスにそのまま受け継がれている。このタイプのディクラヌルス(種としてはもっとも新しい)はモロッコやチェコのほか、中央アジアでも産出するらしい。


ボヘミア産ディクラヌルスの頭部


コンラッドの Dicranurus hamatus(ニューヨーク産)の亜種としてキャンベルが1977年に記載したのが今回買った D. hamatus elegantus だが、この名前で合っているのかどうか、私には判断がつかない。べつに Dicranurus elegans という名前があって、こっちのほうがオクラホマのディクラヌルスにはふさわしいような気がする。Hamatus というのは「鉤状に曲がった」という意味で、額環から出ている二本の角のような棘の形状をうまく表現している。


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今回の標本で私の注意をひくものに、その白くて柔らかくて軽い母岩がある。どのくらい柔らかいかといえば、爪で簡単に傷がつけられるほどだ。しかし酸には反応するので、やはり石灰岩の一種なのだろう。この産地の化石はみなこういうタイプの石灰岩中に保存されているのだろうか。ほかの標本を見たことがないからなんともいえないが、少なくともディクラヌルスのような繊細なタイプの三葉虫の母岩としてはこの泥灰質の石灰岩はよく合っているように思う。

色合いは違うが似たような質感のものにゴトランド島の石灰岩がある。同じように軽くて柔らかいのだが、これも化石本体の周辺部分では、おそらく殻から出る炭酸カルシウムのために堅く密になる傾向があるようだ。そして化石そのものはカチンカチンになっている。そういうことから推し量ると、ディクラヌルス本体も少なくとも母岩よりは堅くしっかりしていると思いたい。爪でひっかいて簡単に傷がつくようでは困るのである。というのも、石の硬度(というかむしろ堅度)はその劣化の速度と反比例の関係にあるので、宝石においてとくに硬度が重視されるのは、それがどれほど時の浸食に耐えうるかの尺度になるからだ。

母岩というのは化石本体と同じく、いやむしろそれ以上に産地の様子を伝えてくれるものだから、あまりこれに手を加えないでほしいと思う。化石の見栄えをよくするために母岩の表面を削って平らに均してある標本をよく見かけるが、あれを見るたびに残念な気持になるのは私ばかりだろうか。


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クロネコヤマトならばだれでも知っているが、クロネコヤマのほうはどうだろうか。クロネコヤマ、すなわちブラックキャットマウンテンである。これはオクラホマにある有名な化石産地で、今回のディクラヌルスもここから出た。そしてこの産地を根城にして世界に名を馳せたプレパレーターがボブ・キャロルだ。じっさいブラックキャットマウンテンの名はボブ・キャロルの名と分かちがたく結びついていて、どちらか一方だけを個別に取り出すのが困難になっている。とはいうものの、ブラックキャットマウンテン産のすべての三葉虫がボブ・キャロルの手になるものではない。そうでないもののほうが圧倒的に多いからこそ、彼の手がけた数少ない標本に価値が出るのである。

ボブ・キャロルは兵役についていたので、大学に入ったのはだいぶ遅かったようだが、あるとき図書館でリカルド・レヴィ=セッティの「三葉虫」の初版を見ていたく感動し、この道に入る決意を固めたらしい。そして数年後、ツーソンショーに出品するようになったボブの小さいブースにふらりと現れたのが、だれあろう「三葉虫」の著者レヴィ=セッティその人だった。彼はボブに標本の写真を撮らせてくれるように頼み、第二版にその写真を載せることを約束した。……

三葉虫」第二版の最後のほうのページは、レヴィ=セッティとボブ・キャロルとの友情の記念といった趣がある。じっさい彼のひととなりや仕事ぶりを知れば知るほど、その手になった三葉虫に愛着がわいてくるのは人情のしからしむるところだろう。

ブラックキャットマウンテンで採れる三葉虫はそれほど種類が豊富なわけではなく、一部を除いては地味なタイプのものが多い。また地域的にも年代的にも狭い範囲に集中していることもあって、全体としてすっきりしたひとつの動物相をなしている。そこにこの産地のものの魅力もあれば、また物足りないところもあると思っている。

ここから出る三葉虫でどうしても欲しいと思うのはあと一種類だけだが、それについてはもし運よく手に入れることができたらまた報告したい。