ハパロクリヌス・フレキ

Konservat-Lagerstätte(n) という言葉がある。平たくいえば「特別に保存のいい化石の産地」のことで、こちらのページにその主だったものがあがっている。ブンデンバッハのフンスリュック粘板岩もそのひとつで、三葉虫愛好家には脚付きのファコプスが黄鉄鉱化した状態で産出するので知られている。

この産地ではもちろん三葉虫以外にもいろんなものが出る。とりわけ有名なのがヒトデの化石で、保育社の「原色化石図鑑」には、「多くのヒトデ類はその腕を一方向になびかせたまま化石となっていて、当時の水流を暗示している。今から実に4億年もの昔の浅海底の様子がまざまざと示されている貴重な記録といわねばならない」とある。

しかしいくら保存がよくてもヒトデじゃつまらんな、というのでこれまでフンスリュック粘板岩には注意を払ってこなかったが、この前 eBay でウミユリの化石が出品されているのを見て、ほほうこんなものが、と急に気になりだしたのである。ウミユリならいくつか標本を手に入れて、そのいずれも気に入っている。ウミユリ自体が私の好みの動物なのだ。

というわけで入手したのが下の画像のもの。


Hapalocrinus frechi


最初包みをあけてこれをみたときは驚いた。化石本体に驚いたのではなく、その母岩に、である。色、質感、手触り、いずれをとってもいままで見てきた母岩とは歴然と違っている。高雅というかシックというか、黄鉄鉱化した化石の母岩としてこれ以上に見栄えのするものがあろうとは思えない。粘板岩というとなにかべとべとしたような感じを受けるが、英語でいえばスレートで、屋根や壁の建材として古くから使われていたらしい。

そういえば外国の小説を読んでいるとよく「スレート葺きの屋根」というフレーズが出てくる。あんまりよく出てくるので、それがどんなものか深く注意することもないまま今日にいたっているが、なんとなく印象としては安っぽい、薄汚れたような家を連想する。



私のイメージではこういうのがスレート葺きの屋根の典型なのだが、はたして合っているかどうか。

まあそれはそれとして、化石に話を戻すと、残念ながら保存状態はあまりいいとはいえないけれども、光のあて方しだいでははっと息をのむほどきれいに見えたりもする。ウミユリの本来もっている動物性が遠くに消し去られて、その植物性のみが抽象的な美しさを放っている、といえばいいだろうか。



それにしてもなんという繊細な生き物だろう。茎の幅はコンマ5ミリあるかないかだ。こんな細さでよく水中に立っていられたな、と思うほどのもの。羽枝もまばらな感じで、それがいっそう楚々たる風情をかもしだしている。

これでうちにあるウミユリは、オルドビス紀のクプロクリヌス(カナダ産)、シルル紀のスキフォクリニテス(モロッコ産)、デボン紀のハパロクリヌス(ドイツ産)、石炭紀のマクロクリヌス(アメリカ産)と、いちおう年代ごとにひとつづつ揃った。残るはカンブリア紀ペルム紀だが、化石標本として手に入るものがあるかどうか。


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フンスリュック粘板岩の化石の写真集としては、エール大学出版部から出ている「消えうせた世界の幻景(Visions of a vanished world)」がある。これは言葉の真の意味における博物館級の標本をあつめたもので、口をぽかんとあけてただただ見入るしかないのだが、これはたぶんに撮影技術の高さと、それから拡大されたサイズも関係しているだろう。

これら瞠目すべき標本のうち、とくに印象的だったのがマーレラの仲間のミメタステル・ヘキサゴナリスというもの。マーレラなんていうのはカンブリア紀特有のものと思っていたが、どうもデボン紀まで生き延びていたらしい。


Mimetaster hexagonalis