アウラコプレウラ・コニンキ

このたび新設されたアウラコプレウラ目のおかげでアウラコプレウラ・コニンキの人気も急上昇するか、といえばそんなことはありえない。この種は今後もその名前のとおり(?)小人気にとどまるだろう。理由としては、サイズが小さい、見た目が平凡である、多産する、などがあげられる。

しかし私はなぜか本種に惹かれるものがあって、これまで三体が手元に集まった。いずれもアウラコプレウラ・コニンキとなっているが、厳密に同じ種かどうかははっきりしない。大きさは左から順に15mm、11mm、7mm。右の小さいのは幼楯体だと思われる。


Aulacopleura konincki


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半世紀前の化石図鑑(保育社)をみると、アウラコプレウラの項にこう書いてある。

第3図に示した種*1はオゥラコプリゥラ属の模式種である。オゥラコプリゥラには狭義のオゥラコプリゥラ(Aulacopleura)とパラオゥラコプリゥラ(Paraaulacopleura)の二亜属があるので、二命名法の学名にさらに(カッコ)に入れた亜属名が加えられているのである。種名のコニンキイが二つ並んでいるのは、後の方が亜種名で、コニンキイの中にもいろいろ違った亜種があることを示している。


オゥラコプリゥラ・コニンキイ(Aulacopleura konincki)は、チェコスロバキアのボヘミア地方に分布するシルル紀層中から産する有名な三葉虫で、昔はアレチュウサ(Arethusa)と呼ばれていた。ボヘミアの地質を紹介した最近の本にも、代表的な化石の一つとして立派な標本の写真が収められている。


ここで命名者としてバランドの名が(カッコ)に入っているのは属名が変更になったからで、もとは Arethusa konincki BARRANDE だった。バランドがこれを記載したのは1846年。しかし Arethusa という学名がすでに他の生物に使われていたので、1852年の「シルル系」第一巻ではアレトゥシナ(Arethusina)と改名したが、これは一足遅かった。というのも、1847年にハウレとコルダが「プロドローム(ボヘミア三葉虫研究序説)」において Aulacopleura と命名していたからで、プライオリティの原則により Aulaocpleura がこんにちまで「有効」とされているのである。


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半世紀前の図鑑では下にも置かぬ扱いを受けていた本種だが、最近国内で出た図鑑類にははやその影もない。この半世紀間にずいぶん多くの目を驚かせるような標本が出てきて、もはやアウラコプレウラごときの出る幕ではなくなったのかもしれない。とはいうものの、2cmほど大きさの、胸節が22そろった、眼のまるく飛び出た、顔線の明瞭な、全体が黄白色に輝くアウラコプレウラはつねにすでにすばらしい。種において完璧なものは種を超えるという。化石標本についても事情は同じだろう。

*1:Aulacopleura (Aulacopleura) konincki konincki (BARRANDE)