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オドントケファルス・エーゲリア

オドントケファルスにはだいぶ前から興味をもっていて、オークションや海外サイトにも注目していた。しかしどうもこれといった標本が見当らない。私が本種において重視するのは、いうまでもなく頭の前に並んだ歯のようなギザギザだが、これがちゃんと保存されている標本が極端に少ないようなのだ。逆にいえば、この部分さえしっかりしていたら、頭部だけの部分化石でもいっこうにかまわないのだが……

そんなわけで、今回これの完全体、それもかなりりっぱなのが手に入ったのはなんといってもラッキーだった。こんな僥倖はそうそうあるものではない。神様仏様MF様と手を合せたくなる。


Odontocephalus aegeria




これはもともと Odontocephalus selenurus という名前で出ていたものだが、信頼すべき文献によれば、エーゲリアのほうは頭部のギザギザが11個なのに対し、セレヌルスはそれが8個か9個しかなく、産出数も後者のほうがはるかに少ないらしい。つまるところ、オドントケファルスの一般種がエーゲリアで、稀少種がセレヌルスということになる。

稀少種のほうを商品名に使いたい気持はわかるが、こういうのはやっぱりよろしくない。人によっては「だまされた、詐欺だ」というかもしれないからね。今回のは明らかにギザギザが11個だから、セレヌルスではなくエーゲリアとするのが妥当だろう。


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種名になっているエーゲリア(Aegeria, Egeria)というのはローマ神話のニンフの一人で、ニンフといえば美少女ときまっている。いったいどういうわけで本種のような異形の三葉虫に美少女の名前をつけたのだろうか。

本種は1861年にホール(James Hall)が Dalmania aegeria として記載したのが最初のようだ。そのときはおそらく標本が不完全で、エーゲリアという種名をつけてもさほど不自然ではないような、優美な種類に思われたのかもしれない。

あとになってそれが頭部にギザギザのついた、破落戸のような顔をした三葉虫だったことが分っても、種名は変えるわけにはいかず、結果的に現在の呼び名に落ち着いた、というのがおおよそのところではないだろうか。

ちなみに Odontocephalus というのは、odonto(歯)+ cephalus(頭)の複合語で、これは非常にわかりやすい。

もともとダルマニアという名前がついていたことからも分るように、本種はダルマニテス科に分類されるが、場合によってはシンフォリア科(Synphoriidae)に分類されることもある。シンフォリア科は側頭鞍溝(lateral glabellar furrows)の幅の違いによってダルマニテス科から分離した科で、本種以外では Roncellia, Anchiopsis, Synphoria, Synphoroides, Forillonaria, Coronura, Trypaulites などが含まれる。いずれも稀少種といってよく、一般にはほとんど知られていないだろう。


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この標本は正中線の方向にやや引き延ばされているだけでなく、斜め方向にも圧縮を受けている。これは産地の特性のようで、ポルトガルウェールズの標本にも同様の傾向は見受けられる。しかしそういったことがふしぎに気にならないのは、やはり本種のもっている一種異様な造形のせいだろう。

本体は10cmほどだが、それが弁当箱のように大きく重い母岩に載っているせいで、じっさい以上に標本に重みと風格が加わっているような気がする。文字どおり威風あたりを払うといった感じで、いまのところ適当な置き場が見つからず、机のうえに仮置きしてある。

これをつくづく眺めながら思うのは、二年前のパラドキシデス革命のひとつの帰結がこれではないか、ということだ。先のことはわからないけれども、これをもってひとつサイクルが閉じたのは確かなことのように思う。