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エルラシア・キンギ

私の考える究極の三葉虫蒐集家は、エルラシア・キンギの標本を一個だけもってる人だ。それを机の抽斗にそっとしまっていればなおのことよろしい。ふだん見えないところにしまいこまれたエルラシアは、フランスの国際度量衡局にひっそりと置かれたメートル原器のようなものだ。この不可視のエルラシアで何が測られるかといえば、それは個々の三葉虫の多様性、すなわち変異度である。エルラシアを1とすれば、モドキアは変異度1.4、アサフィスクスは1.2というふうに数値化できる。ディクラヌルスあたりまでいくと、10に近い数値が出るかもしれないし、イレヌスになると今度は1を切ってくるかもしれない。これを逆にいえば、いかに奇抜な変異を示す三葉虫といえども、適切にゲシュタルト変換を行えば、すべてエルラシアの姿かたちに還元されるということだ。エルラシアには、あらゆる三葉虫の形態が潜勢として包含されている。つまりエルラシアを所有しているということは、潜在的にはあらゆる三葉虫を手中にしているにひとしいのである。

……というようなことを本気で考えているわけではないが、エルラシアがその多産のゆえに軽視されているとしたら、それはちょっと違うんじゃないかと思う。じっさい、本種があらゆる三葉虫の形態を潜勢としてもっているかどうかはべつとして、エルラシア類似の三葉虫をあげていけば、1万種とも2万種ともいわれる全体の九割くらいを占めるのではないか。

自分の経験でいっても、三葉虫について何も知らなかったころ、フォーティの「三葉虫の謎」の表紙に描かれた三葉虫はエルラシアだと思っていた(じつはオギギオカレラ)。またヤフオクでおなじみのAトラスのトレードマークになっているアルクティヌルス、これもエルラシアだと思っていた。

なぜこういうことになるかといえば、エルラシアの姿かたちがわれわれの表象する「三葉虫」そのものだからで、そういう原=三葉虫ともういうべき本種が軽視されていいはずはない。エルラシアをバカにする人は三葉虫をバカにする人だ。もちろん、あまりに多産するので「またエルラシアか」と思う気持はわかる。しかしそれとこれとは話がべつだ。それほど多産し、海の一部をほどんど埋め尽くすほど繁栄したエルラシアは明らかに成功者であり、わずかな数を残して消えてしまった稀少種よりも上に位置する存在だったことに思いを致すべきなのである。

……というようなことをもちろん本気で考えているわけではない。だいいちそんなことをいいだせば、それじゃ鳥類はスズメで、魚類はイワシで、昆虫はゴキブリで代表させておけばいい、というふうになってしまう。還元主義も行きすぎるとわけのわからないことなる。エルラシアしか知らない人は三葉虫を知らないといっても過言ではない。もっと変った、もっとおもしろい、もっとふしぎな三葉虫はいっぱいいるのだから。

とはいうものの、そういった多彩な三葉虫をすべて知ったうえで、なおかつエルラシアを三葉虫の中心に置くというのは「あり」だろうと思う。たとえば天使のヒエラルキーを考えてみよう。それは九段階あって、上から順に熾天使智天使……とだんだん位が降りていき、いちばん下に「天使」がくる。この最下位の天使をもって全体の呼称としているのが天使界だ。同じようなことは三葉虫界についてもいえるのではないか。


     * * *


エルラシア・キンギはこれまで三度買って三度とも手放している。なにがいけなかったのだろうか。まあそれにはいろいろと理由があるが、いちばんの理由は、他と比べて優れた標本を手に入れようとしたことにあると思う。具体的にいえば、サイズが大きいとか、保存がいいとか、珍しい色合いをもつとか、そういったことだ。ところがエルラシアはどこまでいってもエルラシアなので、少々他に抜きん出たところがあったとしても、それがどうした、そんなものが何だ、ということになる。その卓越した部分が逆に鼻についてくるのだ。エルラシアはエルラシアでいい。つまりごくふつうの、平均的なエルラシアがいちばんエルラシアらしいのである。

というわけで、今回は私がみて「これが標準的なエルラシア」と思われるものを買ってみた。色はよくあるグレーで、サイズは1インチジャスト(=2.54cm)。もちろん自在頬つきだが、ほかには取り立てて特徴があるわけでもない。どうしても譲れない条件としては、安定した感じで母岩に収まっていること。母岩なしの本体だけというのはちときびしい。


Elrathia kingii


さてこれを、最近買った稀少種を含むアメリカ産の三葉虫のあいだに置いてみたところ、私の漠然とした予感は的中した。稀少種もしくは貴重種とくらべても、とくに遜色はないのである。背伸びをしない平凡なエルラシアは、平凡なままで美しい。それはつまるところ、何も足さない、何も引かない平均的な三葉虫がそのままで美しい、とうことになるだろう。これは私にとっても、他の三葉虫にとっても、エルラシアにとっても喜ばしいことではないだろうか。




今回のものは手放さずにすみそうだ。