パラボリナ・スピヌロサ

私のコレクションに不足しているのはなんといってもリカス成分、それからオレヌス成分だ。プロエトゥス成分もゼロだが、これはあまり気にならない。プロエトゥス類はメジャーなものならそう苦労せずとも入手可能ですからね。それに比べてリカス類は稀少かつ高価でなかなか手が出しにくいし、オレヌス類は地味すぎて商業ベースに乗らないためか、やはり入手は困難だ。リカス、オレヌス、プロエトゥス、いずれも目として立てられるほどの勢力をもつ一群だけに、私としてもなんとかせねばという気持だけはあるんだが……

とりあえずリカスはおいておこう。そこでオレヌス類を考えてみると、いちばん手に入りやすいもの、というより目立つのは、やはりトリアルツルス(Triarthrus eatoni)だろう。極端にいえば、この一種をもってオレヌス類を代表させることも可能だ。

しかし、それじゃつまんないですよね。トリアルツルスはたしかに付加価値は高いが、オレヌス全体からすればちょっと外れたところに位置している。そもそもUS産のオレヌスの代表的なのがこれ一種きりというのが問題なのだ。北米全体に目を向けても、あとはマッケイ層群(カナダ)のウジャジャニアくらいしか思い浮ばない。

これを要するに、オレヌス類に注目するということは、三葉虫の産地としてのヨーロッパを見直すことにひとしい。オレヌスは、クトゥルー神話になぞらえていえば、Old Ones(古き者たち、旧支配者)であって、初期の三葉虫文献には華々しく(?)登場するけれども、だんだん出番が減ってきて、いまでは図書館や博物館の隅っこで埃をかぶっている、という状態のようだ。

かれらがふたたび勢いを盛り返し、表舞台に出て脚光を浴びるときがくるだろうか? 疑わしい。なにしろかれらのうちのトップスターであるトリアルツルスでさえ、最近では人気に翳りが出てきて、従来では考えられないような値段で買い叩かれているありさまなのだから。

まあそんなこんなで、没落貴族のようなヨーロッパ産のオレヌスを見かけたらつかまえてやろうと思っていた矢先に目の前に現れたのがウェールズ産のパラボリナ・スピヌロサ(Parabolina spinulosa)だ。これはかつてブロンニヤールによってパラドキシデスの一種とされたことがある。これ以外にも、ペルトゥラ・スカラベオイデス(Peltura scarabaeoides)やオレヌス・ギッボスス(Olenus gibbosus)なんかも同じくパラドキシデスの仲間に入れられていた。この三種のオレヌスは私にとっては旧支配者ならぬ旧パラドキシデスなのである。

そこでまずパラボリナから、というので買ってみたのだが、届いたものを見て愕然とする。というのも──


Parabolina spinulosa


ご覧のとおり、ネガなのである。だまされた、と思って購入元のページへ飛んでいくと、説明文にはっきりと ventral(裏側)の文字が出ていて、これはちゃんと読まなかった私がわるい。

とはいうものの、下のような画像をみて、これがネガだと思うだろうか。無断転載だが、そのときのサンプル画像を載せておく。



こういう平べったい種類ではポジとネガとの反転はつねに起こることで、今回の標本も光のあて方を変えれば、たしかに下の画像のように写すこともできる。しかし、これを商品のサンプルに使うのは、やはりミスリーディングではないかと思う。



さて、気を取り直してあらためて眺めると、そうわるい標本ではなさそうだ。それどころか、形といい大きさといい、じつに私の好みのツボを突いてくる。それだけに、これがネガであることが残念でならない。こういうタイプの、ポジの標本を次に見つけられるのはいつのことだろうか。

それとも、これを鋳型にして cast でも作りますかね……

最後にブロンニヤールの論文に出ている本種の画像をあげておく。