三葉虫は化石の王様か?

これはと思って買った化石(複数)が意外にしょぼくて、もう自分には三葉虫以外の化石はダメなのかな、と思う。まあ三葉虫と、あとは植物化石ですね、興味のあるのは。ほかのは図鑑で見るだけでいいや……

興味はあっても手が出ないもの、たとえばバージェス頁岩の化石なんかも図鑑オンリーだ。バージェス動物もどきのものは、他の産地からも出ているけど、あんまり興味をひかれないね。復元図がないと正体が分らないのはちょっと……

結局のところ、三葉虫が興味の中心になっている。これはもう動かせない。なんだか狭く特化しちゃったようだけど、あれもこれもというわけにはいかないからね。だいたい熱心な人ほど関心の幅は狭い。マニアの世界とはそういうもので、あれもこれもと手を広げている人間にろくなのはいない。

三葉虫は、ぱっと見てもおもしろいし、ずっと手元に置いていても飽きがこない。買ったときはなんとも思わなかったのが、時の経過とともに味が出てくるのもあるし、見方を変えることでつねに新たな発見がある。こんな化石はほかにはない。オブジェとしてこれほど意に適うものもない。

しっかりした文献が豊富なのもいい。豊富すぎて全部は見切れないが……古いものが居ながらにしてネットで閲覧できるのは21世紀に生きるものの特権だ。こんな事態は過去にはなかった。これがどれほどすごいことか、ちょっと考えてみてもわかるでしょう……

一方に標本、もう一方に資料。このどっちが欠けても三葉虫の世界は成り立たない。言葉と物と、両者の相互透入のなかで三葉虫はつかのまの復活をとげる。

そこから三葉虫とわれわれとの「共生」がはじまるわけだ……

ここまでくると、個々の標本はもはや死物ではなくなってくる。といっても、もちろん生きているわけでもない。それはいわばカフカにおけるオドラデクのようなものだ。オドラデクを知らない人にはググってもらうとして、カフカは「家父の心配」の末尾にこう書いている。

「しかし、わたしが死んだあともなお彼が生きのこるだろうということを考えると、わたしはほとんどせつない気持になってくる」