スコトハルペス・スパスキイ

前から欲しかったがあまりの高さに手が出せずにいたもの。今回わりあい安価に買えたのはラッキーだったが、一般に出回っているものよりも一回り以上小さい(18㎜ほど)。このサイズのおかげでだいぶ安くなっているように思う(ふつうは25㎜ほど)。

しかし本種は最大で50㎜に達するらしく、それに近い大きさの標本も売られているようだ。そういうものからすると、25㎜も18㎜も小ぶりであることに違いはない。そう思ってサイズには目をつぶることにした。


Scotoharpes spaskii



今回の標本で気に入ったのは、胴が巻かずにまっすぐ伸びているところ。私は基本的にエンロール状態が苦手なので、カリメネにしろファコプスにしろ、丸まったやつにはどうも愛着が湧きにくい。今回のハルペスはやや反り返り気味だが、これはまずまず許容範囲内だ。



さてハルペスといえば、鍔の部分に開いた無数の孔が特徴なのだが、この標本ではそれらの孔はあまり明瞭でない。それどころか、凹ではなくて凸で保存されているようにみえる。そしてそれら無数の凸は、鍔の内側から外側へ向けて、放射状に広がっている(ちょうどハルピデスの genal caeca のように)。



あと、購入元によればこの標本は修復率1%とのことだが、この数字はどうだろうか。ブラックライトを当ててみると、あちこちから怪しい光を発する。この光った部分をルーペで拡大してみると、たしかにその箇所では何らかの処理が行われているようだ。しかし具体的に何が行われているかを確認するのは困難だろう。



最後に、名称の問題について書いておこう。本種の種名の spaskii は spasskii と書かれることもあるようだ。どうして二通りの表記が行われているかといえば、最初の記載者であるアイヒヴァルトのちょっとした間違いがその遠因になっている。

アイヒヴァルトは、エストニアのタリン近郊で見つかった新種の三葉虫を Trinucleus spaskii と名づけて、自分の友人のJ. T. スパスキ教授への献名としたが、教授の名は Spasski と綴るので、正しくは spasskii でなければならない。ところがアイヒヴァルトはうっかりそれを spaskii としてしまった(sをひとつ落した)。学名というものは、いったん決った以上は、たとえ綴りが間違っていたとしても、あとから変更はきかないらしく、spaskii という権利上の名前がこんにちまで生き残っているわけだ。

その一方で、事実上の名前をとって spasskii とする人々もいる。じっさいのところ、1881年にフリードリヒ・シュミットが spasskii 表記を採用してからというもの、ほとんどすべての人が右へならえで spasskii を使っているらしい。

そういうわけで、慣用的には spasskii で何の問題もないが、私はあえて spaskii にこだわってみた。モーニング娘には「。」がついていないとダメだ、という人には分ってもらえるだろう。


産地情報:
Lower Ordovician, A. lepidurus zone
Putilovo quarry, St Petersburg region, RUSSIA



(追記、5月4日)
スコトハルペスの「スコト」というのは、スコットランドの「スコット」から来ているらしい。つまりスコットランドで産出するハルペスに「スコトハルペス」という名前がつけられ、それがそのままロシア産のものに流用(転用?)されているわけだ。

スコットランド産の模式種 Scotoharpes domina のタイプ標本が下記のページで見られるから、興味のあるかたはどうぞ。

SPPLとMFの「ロシアのオルドビス紀三葉虫」によれば、本種は Solenoharpes や Aristoharpes といった属名で呼ばれることもあったらしいが、それらはいずれも後から出た異名にすぎないので、先行の Scotoharpes にプライオリティが与えられているとのことだ。

ちなみに、ハルペスという属名は 1839年にゴルトフス(Goldfuss)がアイフェル産の模式種(Harpes macrocephalus)に与えたもので、形態的にはモロッコで産出するハルペスにいちばんよく似ている。