スフェレキソクス・ラティフロンス

全身揃ったものだと高くて買えないようなものでも、部分ならなんとか手が届く──私が部分化石に手を出すのはたいていそんな理由からだが、だんだんと経験を重ねていくうちに、部分化石にもふたつの種類があることが分ってきた。

ひとつは部分だけでも鑑賞に(あるいは愛蔵に)堪えるもので、もうひとつはそれ以外、つまり部分だけではどうにも慊らない心地のするもの。

今回前後して手に入れたふたつの部分化石が、ちょうどこの二つのカテゴリーにぴったり当てはまるように思うので、それについて書いてみよう。

ひとつはゴトランド産のスフェレキソクス(Sphaerexochus latifrons)。このスフェレキソクス属というのは、ヨーロッパだけでなくてアメリカでも産するし、日本でもシルル紀の地層から出るという。このように世界各地でみつかるほど繁栄したわりに、全身揃ったのがほとんどない。たいていは頭部だけという産状で、日本ではそのかたちから「ヘルメット」と呼ばれているらしい。

しかしこのヘルメット、見れば見るほど味わいぶかく、かつ飽きがこない。いったい自分がなぜこうもこのヘルメットに惹かれるのか、それは分らないが、「うーん、これが全身揃っていたらなあ」という考えが浮かぶ暇もないほど、頭部だけに見入ってしまうのである。その造形にはどこか「アマゾンの半魚人」を彷彿させるものがある。





スフェレキソクスの模式種はミルス(S. mirus)といって、ボヘミアで産出する。下の図に示すのがそれだが、ほかに日本ヴォーグ社の「化石の写真図鑑」に載っているダドリー産の完全体などをみても、頭部の異様さにくらべて、胸部以下が意外に平凡なのが分るだろう。



要するにスフェレキソクスの特徴はほぼ頭部に現われているので、それを端的に示している部分化石がわれわれの興味を惹くのは当然のことなのだ。修辞的にいえば、この手の標本の「部分は全体よりも大きい」。

今回の標本は、小さい固定頬や額環も含めた頭蓋(cranidium)で、これに自在頬が加われば頭部が完成する。


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さて、もうひとつの標本、つまり部分だけでは満足できない部類のものについても書こうと思っていたが、あまり好きになれないものについて書くのも疲れるだけなのでやめにした。上にあげたスフェレキソクスの正反対、つまり部分をいくら集めても全体に及ばないような標本、修辞的にいえば「部分の総和がつねに全体よりも小さい」たぐいの標本がそれにあたるとだけ述べておこう。


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あと、ついでに語源的なことを書いておくと、Sphaerexochus の exochus というのはギリシャ語で「優れた、卓越した(もの)」という意味で、ラテン語の insignis に相当すると思う。sphaer- はもちろん「毬、ボール」の意味だ。

sphaer-(毬) のかわりに coryn-(棒)がつくと、Corynexochus となって、コリネキソクス目(Corynexochida)にその名を与えた三葉虫になる。

Sphaerexochus の頭が毬なのは見ればすぐわかるが、Corynexochus の頭が棒とはこれ如何にといえば、おそらくその頭鞍が細長くて棍棒のように見えたからではないかと思う。中国では聳棒頭虫と呼ばれている由。