イレヌス・クラッシカウダ

ふた月ほど前にかなり気を揉まされたイレヌス・クラッシカウダ。その後気をつけていると、複数のショップで同一種が出ているのが目についた。どうもまとまった産出があったようで、いろんなタイプの標本から選べるのはありがたいが、どれをとってもけっこう高い。まとまって出たからといって、稀少種であることには変りなく、かといって稀少種ならではの見かけの特異性にも乏しいので、どうしてもターゲットが特定の愛好家層に絞られる結果、ある程度の高値をつけておいても売れるだろう、というのが売り手の思惑らしい。

まとまった産出があったのは確からしいとして、それは質的・量的にいったいどれくらいのものなのか。じっと待っていればこっちの好みの標本が適価で買えるとしたら、それに越したことはないが、そういうチャンスがくる保証はどこにもない。いま市場に出ているものが売れてしまえば、当分は次がない、という状況もおおいに考えられる。あとになって臍をかんでも遅いのだ。

というわけで、私としては珍しく、せっつかれるような気持で購入したのが下の画像のもの。サイズは幅 20mm ほど。


Illaenus crassicauda



私は基本的にエンロール状態の標本は好みでなく、いままで手に入れたものもすべて処分してしまったが、イレヌスだけはエンロールでもいいかな、と思っている。Fっしるのギャラリーにも説明があるように、横からみると、しゃくれた人の顔のようで、それが受け口のじいさんのようでもあれば、マンガに出てくるオロカメンのようでもある。こんなにおもしろい表情をつくる三葉虫はイレヌス以外にない。

それと、ヴァーレンベリの記載論文中の図版も、今回の標本購入に当って後押しをしてくれた。ぱっと見るとマンガみたいな図だが、ここにはクラッシカウダの特徴があますところなく捉えられている。一見して明らかなのは、その眼の高さであり、こういう盛り上った形状の瞼翼をもつイレヌスは、本種以外ではタウリコルニスだけのようだ。



もちろん、イレヌスはエンロール状態でないとダメだ、などというつもりはない。まっすぐ伸びたものはやはり基本であり、望ましいには違いない。しかしその場合でも、イレヌス類はその高さのある頭部と、平べったい胸部とのバランスがわるくて、横から見ると脊椎動物の胎児のような形になっていることが多いようだ。


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あと、イレヌス類における特徴として、中軸を左右から囲むようについている染み、すなわち筋肉痕(muscle scars)があげられる。今回の標本ではあまり明瞭でないが、たしかによくよく眺めれば頭部にそれらしい染みがある。この斑点は、ふしぎなことに、よく見ようとしてルーペで眺めると消えてしまう。逆にルーペでないと見えくいものにクチクラ模様(terrace lines)がある。これもイレヌス類に特徴的な装飾のひとつ。


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アサフスとイレヌスといえば、ロシア三葉虫の二本柱だが、今回の購入をもってその模式種*1を二つながら手に入れたので、この両属についてはこれで終りにしたい。ほんとうのことをいえば、この二つ以外にも気になるのがないわけではないが、この方面に深入りすると抜け出せなくなるのは明らかなので、あえて危険な道を避けることにした。

*1:Asaphus expansus, Illaenus crassicauda