ホプロリカス・プラウティニ

昨日、郵便屋さんから荷物を受け取ったとき、いやな予感がした。というのも、その小包のなかで何か重いものがゴロゴロと音を立てて転がっているのだ。もしやという気持と、そんなことがあるはずないという気持のせめぎ合いのうちに荷解きをしてみると──

タッパーが破損し、標本は台座を外れて無残にもタッパー内へ放り出されている!




こんな状況で標本が無事で済むわけはない。見ればあちこち傷んでいる。いちばん目立つのは頭の上のトゲの破損、それから右の頬棘の先が飛んでいること、頭鞍の小さいイボが三つほど潰れていること、背中のイボも二つ潰れていること、左目の上が少し擦れていること、など。

こう書くと満身創痍のようだが、じつのところ、過酷な状況に置かれていたわりには、被害はそれほどでもない。額環のトゲ以外は、よほど注意深く見ないと破損個所がわからないくらいだ。意外と丈夫なものだな、と妙に感心してしまった。




被害状況を報告して、荷主に相談したところ、標本はこっち持ちで、全額返金するという。それではあんまりなので、売値の1/3を支払うということでけりがついた。頭のトゲが折れているとはいえ、6㎝のリカスがこの値段で手に入るなら文句はない。

さっそく折れたトゲの補修にかかる。段階的に、三度にわたって折れたようで、尖端は紛失している。残った二つのトゲをくっつけて、さらに本体に接合するのだが、なかなかうまく行かない。しかしまあ、なんとか我慢できる程度には仕上がった。

頭のトゲ以外の破損個所については、この標本が修復率12パーセントであることを思うと、そんなに神経質になるほどのことでもないような気がしてくる。どのみち完璧からは程遠いのだ。細かいことにこだわっていても仕方がない。


Hoplolichas plautini





さて本種だが、これまではほとんど眼中になかった。というより、無意識のうちに遠ざけていたといったほうがいいかもしれない。なぜかといえば、その姿かたちがあまりにも映画の怪獣によく似ているからで、こういうものに興味を示すのは、自分の幼稚さをさらけ出すようで気が引けた。

しかし、よくよく考えてもみよ。リカス類というのはどれをとっても、程度の差こそあれ、怪獣を彷彿させないものはない。ボンメルのいう formes monstrueuses は、端的に「怪獣のような姿かたち」と解するのが妥当だ。そして、そういう見地に立てば、ホプロリカスを幼稚だと断じて遠ざけるのは愚の骨頂である。なぜなら、それをいいだせば、他のリカスすべてが幼稚ということになってしまうのだから。

というわけで、つまらない虚栄心や先入観を取り払って眺めてみると、今回の標本もなかなかのものに思えてくる。少なくとも、リカス入門にはうってつけなのではないか。まずサイズがそこそこある、外殻上のツブツブが健在である、特徴的な尾板がよく確認できる、全体的なフォルムが怪獣的である、等々。

頭上のトゲについていえば、これあるために本種の怪獣度がぐっと上がっていることは否めない。下手な補修でも、ないよりはましだろう。

難をいえば、圧縮のせいで形がややいびつになっているが、この程度ならばじゅうぶん許容範囲内だ。むしろこのいびつさが、心理的な「偏倚」となって、私を次なる標本へと駆りやる原動力になるのである。


     * * *


「ロシアのオルドビス紀三葉虫」という本を見ると、ロシアで産出するホプロリカスの仲間が4種類あがっている。まあ、おおまかに4種類に分けられるということで、市場に出回っているものはとても4種類では収まりそうもない。それほど多種多様なものが並ぶホプロリカス類だが、これはプレップの方法にも問題があって、プレパレーターが勝手にトゲを植えつけて派手に見せるケースも少なくないようだ。いかにもロシアならではの手法で、すごいといえばすごいけれども、冷静に考えればやはりおかしい。

まあ、やっても意味はないことは承知の上で、いちおうその4種類の区別を書いてみよう。

1.角(額環のトゲ)が二又に分かれていたら、無条件でホプロリコイデス・コニコツベルクラトゥス(Hoplolichoides conicotuberculatus)。

2.角が一本で、太くて長くて直線的だったら、ホプロリコイデス・フルキフェル(Hoplolichoides furcifer)。

3.角が一本で、ほっそりと湾曲していたら、ホプロリカス・プラウティニ(Hoplolichas plautini)。

4.角が一本で、かつ頭部前方に4本ほどヒゲのような長いトゲが突き出ていたら、ホプロリカス・トリクスピダトゥス(Hoplolichas tricuspidatus)。

じっさい、2、3、4は区別がむつかしい。2の頭部に数本ヒゲを植えれば、4とほとんど区別がつかなくなってしまう*1。そしてこの4がホプロリカスの模式種で、1がホプロリコイデスの模式種というのだが、ロシア産にかぎっては、この二属を別々に立てる必要があったのかどうか、疑問に思う。というのも、2と3などは、属は異なれど、ツノの形状以外はほとんど同一なのだ。市場で名称の混乱が起るのも当然というべきだろう。

*1:尾板の形状は異なるようだが