レモプレウリデス・ナヌス

レモプレウリデスには前から興味があって、手頃な標本があれば手に入れたいと思っていた。今回入手したのは、ロシアで産出するレモプレウリデス・ナヌスのうちでもエロンガタ(もしくはエロンガトゥス)と呼ばれる亜種のようだ。


Remopleurides nanus var. elongata




いまのところ市場では同一種と思われる個体が elongatus, psammius といった種名で出ていて、産地もキンギセップだったりアレクセーフカだったりするが、いずれにしてもロシアでもいちばんエストニアに近い地方で産出するのはまちがいないようなので、そのうち名前も整理されることと思う*1

今回、シュミットやニコライセンの論文も覗いてみたが、名称(nomenclature)の問題というのはものすごく煩瑣で、とてもじゃないが素人の手に負えるものではない。われわれとしては、長らく親しんできたレモプレウリデス・ナヌスの一亜種と捉えておくのが無難だろう。

さて、ナヌスというのは「こびと」という意味なので、この種類はいずれも小さいが、今回のエロンガトゥスの小ささはまた格別だ。売り手の説明文に 14㎜ とあったので、まあそのくらいだろうと覚悟はしていたが、届いた現物をみると、どう計っても 12mm くらいしかない。まあ尻尾の先を丸めているので、それを伸ばせばもう少しあるのかもしれないが、ぱっと見たところではまず 10mm といったところか。

このサイズの標本にあの金額を支払うとは、われながら正気の沙汰ではない。どうしてこういうことが起こりうるかといえば、ロシアの三葉虫が全般的に高すぎるからで、ある程度の金額なら相対的に「安い」と勘違いしてしまうのである。それに、現金で支払うのでない場合、金銭感覚が現実味を失うので、このへんも要注意だ。

そんなにまでして欲しかった本種だが、購入後二日で背中のトゲを折ってしまう。考えてみると、今年になって入手したロシア産の三葉虫のうち、トゲを浮かせたタイプのものは、三個のうち三個ともトゲを折っている*2。ほかにも考えてみれば、シコピゲのトゲを折り、クアドロプスのトゲを折り、コワレフスキイの眼を折り、と愚行を重ねてきた。垂直方向のトゲで無事なのは、オクラホマのディクラヌルスとケラトヌルスだけだ。これだけは奇蹟的に助かっていて、今後もおそらく大丈夫だという自信がある。

いずれにしても、今後もロシアの標本を集めるのなら、トゲを折らないような保管の方法を自分なりに確立するしかない。


トゲ破損後




     * * *


今回の標本で特筆すべき点はふたつ、修復率がゼロであることと、異様なまでに保存がいいこと。前者は、ロシア産では稀有のことだが、プレップ前の画像が出ていることもあって、おそらく嘘ではないと思われる。もっとも、母岩を貼り合せたあとでのプレップだから、その時点で修復が行われているとみることもできるが、だれもそこまで厳格なことはいわないだろう。

後者の、保存のよさについては、複眼を構成する個眼の網目状になった構造まで保存されていることからも察しがつく。頭鞍の特徴的なシワや、各体節の小さいトゲやクチクラ模様、それにギザギザになった尾板の尖端まで、すべてが完璧なのである。

うちにある三葉虫で完璧な標本などひとつもないが、今回のものが唯一の例外で、こういうものを購入することは今後ともまずないと思われる。もっとも、背中のトゲを折ってしまったので、完璧とはいえなくなったが、それでも折れたトゲはそのまま保管してあるから、潜勢としては依然として完璧たることを失わない。


     * * *


本種が属するレモプレウリデス科は、アドレインの分類では従来のアサフス目からオレヌス目へ移されている。それが妥当がどうかはともかくとして、この科に属する種類のうち、チェコアンフィトリオンオクラホマのロベルギアをすでに入手しているのは、私としては周到なほうではないかと思う。というのも、これら以外で一般的に入手可能なものといえば、もうハイポディクラノタスくらいしか思い浮ばないからだ。そして、これが売りに出されているのを私は見たことがない!

ハイポディクラノタスといえば、立松コレクションで見たことは見たが、小さいうえに母岩ともどもまっくろで、あまり記憶に残っていない。ただそのハイポストマが二又のフォークのように尾板のほうまで伸びていたのだけは憶えている。こうも長いハイポストマがついていたのでは、とても防禦姿勢なんて取れなかっただろうな、と思う。

しかしそんなハイポディクラノタスにも、背中のトゲはあったようだ。体丸めができない状態で、背中のトゲにどういう意味があったか? たんについていただけ、としかいいようがない。

レモプレウリデスの仲間はウェールズやガーヴァンでも産出していて、それぞれみなよく似ている。そして、バランドによれば、これらにもやはり背中のトゲはついていたらしい。一八七二年版の図版集の第9葉にその図が出ている。


Amphitryon radians の胸部


バランド先生は、トゲが第八胸節にしかないのを訝っているようだが、こういうところに目をつけるセンスがすばらしいと思う。

*1:さらに別の名前がつく可能性もあるが

*2:うち一個は自分の責任ではないが