追憶の三葉虫

少し自分の子供のころを振り返ってみよう。

──やれやれ、ついに自分語りですか?
──まあ、そう手厳しいことをおっしゃらずに……

私が三葉虫の存在を知ったのは、小学校の低学年のころで、子供向けの百科事典にその挿絵が出ているのを見たのが最初だ。当時は怪獣や恐竜に夢中で、百科事典はかっこうの読み物だったが、やはり中生代が興味の中心で、古生代新生代はほとんど眼中になかった。

そういっても、ページを繰っていれば古生代の記事も目につくので、三葉虫の挿絵をなんとなく眺めていた記憶はある。そのときは、蓑をつけた平べったい生きもの、という印象だった。大きさは絵では分らないので、ばくぜんとウミガメくらいの大きさを想像していた。

あのとき自分の眺めていた絵をもう一度見たい、という気持はある。そして、それは必ずしも不可能ではない。というのも、最近はネットの検索機能がすばらしく、ちょっと調べれば本の名前などはすぐにわかってしまうからだ。

さっそく調べてみたところ、私の見ていた本というのは、学研から1968年に出た「標準学習百科大事典」で、その第七巻に「天文・気象・地球のすがた」というのがある。くだんの三葉虫の絵は、まずまちがいなくこの巻に入っている。

そこでこの巻を図書館から借り出してみた。表紙のデザインはだいぶ違っているが、中身はどうやら同じのようだ。逸る心を抑えつつ、ページを繰ってみると──

たしかにそこには三葉虫の絵が出ている。こういうもの。




しかし、これは私の記憶にある三葉虫の絵ではない。似ても似つかない、まったくの別物だ。

私は狐につままれたような気分になる。自分がいまのいままで信じていた原三葉虫体験が、虚偽の記憶のうえに築かれた、砂上の楼閣のようなものだったとすれば──

しかし、そうすると、私の見たと信ずるあの三葉虫の絵は、いったいだれのなんという書物に描かれていたのか? もはやいまとなっては、それを確かめるすべはない。