女性と三葉虫

三葉虫と女性とは相性がわるい。私の狭い見聞の範囲でいうのだから、間違っているかもしれないが。

むかし勤めていた会社でスカルレプリカなるものを扱ったことがある。その名のとおり、動物の頭蓋骨の複製だが、いくつか化石のレプリカも混っていた。そのなかでも三葉虫は女性の嫌悪の的で、いま思えばカリメネだったが、とにかく女子社員からは蛇蝎のごとく嫌われていた。

どうもカリメネやファコプスは芋虫を連想させるらしい。ホマロノトゥスとか、てきめんにそうだろう。そんならトゲトゲ種はどうかというと、今度はトゲが脚にみえて気味がわるいという。どっちにしても浮かばれない。

私の思うのに、三葉虫が女性に嫌われる理由として、その形態のみならず、三葉「虫」と虫の字が使われていることがあるのではないか。三葉虫とくれば、だまっていても虫であることは明らかで、虫一般が苦手な人にとってはそれだけでもうぞわぞわと総毛立ってくるのではないか。

しかし、嫌悪感などというものは相対的なものでしかない。たとえば、アラクノフォビアという言葉があるほど嫌悪の的にされているクモにしても、かつてササガニとも呼ばれたように、形態的にはカニとさほど変わらない。カニが怖いとか、嫌いだとかいう人はたぶん少数派に属する。そうでなかったら、冬場の広告にカニを並べた写真があれほど出ることはないだろう。

節足動物のうちでも、カニやエビに代表される甲殻類と、いわゆる虫に代表される昆虫類とでは、ひとびとがそれらに対して抱く嫌悪感にかなりの違いがあることがわかる。

どうしてそういうことになるかといえば、いろんな理由が考えられるが、どれも掘り下げてみれば人間の身勝手きわまる偏見に帰着する。そして女性は男性よりも偏見にとらわれる率が高いのではないか?

それこそおまえの偏見だよ、といわれれば返す言葉もないが。

三葉虫は英語では trilobite で、直訳すれば「三葉石」になる。それはアンモナイトが「アンモン石」になるのと同断だ。そこには「虫」という概念が紛れ込んでくるおそれはない。もちろん形をみれば「虫」の一種であることは明らかだが、名称にはっきり出ていない分、「虫」という言葉に由来する嫌悪感は少なくなっているような気がする。

もし英語圏をはじめとする諸外国の女性が、日本人女性ほど三葉虫に対して嫌悪感をもたないことが実証されれば、私のこの考えも正当化されると思うが、どうだろう。

じっさい、虫という字ならびに音がもつニュアンスには、人の深層心理を直撃するなにかがあって、「虫」を三つあつめた正字の「蟲」ともなれば、そのパワーたるや計り知れない。三葉虫を三葉蟲と書かれた日には、虫嫌いの人はみんな逃げ出してしまうだろう。

トライロバイトを三葉虫と訳した人は、たぶん虫が好きで、虫という字を使うことに何のためらいも感じなかったと思われる。