マニアの仲間入り

最近の私はちょっと変だ。というのも、これまでは目指す標本が手に入らなくても、たいして気にもとめなかった。運が悪かったと思ってさっさと諦めた。手に入らなかったことをずるずると後に引きずるようなことはなかった。

ところが、である。最近になって、標本に対する熱度がぐっと上がってしまい、目指す標本が手に入るまでは(そして手に入らなかったら入らなかったで)、ほかのことがなにも手につかないのである。寝ても覚めても考えるのはその標本のことばかり。これはもう恋というものではないか、と思い至った。

「新明解」によれば、恋愛とは「特定の異性に(時に、同性にも)特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持を持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる(まれにかなえられて歓喜する)状態」とのこと。

(時に、同性にも)のところに、(さらに無生物にも)と書き加えれば、私の気持をよく代弁してくれるように思う。そしてこの境地に達したいま、私はすでに化石マニアの仲間入りをしているのではないだろうか。

ホプロリカス・プラウティニ

昨日、郵便屋さんから荷物を受け取ったとき、いやな予感がした。というのも、その小包のなかで何か重いものがゴロゴロと音を立てて転がっているのだ。もしやという気持と、そんなことがあるはずないという気持のせめぎ合いのうちに荷解きをしてみると──

タッパーが破損し、標本は台座を外れて無残にもタッパー内へ放り出されている!




こんな状況で標本が無事で済むわけはない。見ればあちこち傷んでいる。いちばん目立つのは頭の上のトゲの破損、それから右の頬棘の先が飛んでいること、頭鞍の小さいイボが三つほど潰れていること、背中のイボも二つ潰れていること、左目の上が少し擦れていること、など。

こう書くと満身創痍のようだが、じつのところ、過酷な状況に置かれていたわりには、被害はそれほどでもない。額環のトゲ以外は、よほど注意深く見ないと破損個所がわからないくらいだ。意外と丈夫なものだな、と妙に感心してしまった。




被害状況を報告して、荷主に相談したところ、標本はこっち持ちで、全額返金するという。それではあんまりなので、108ドル支払うということでけりがついた。頭のトゲが折れているとはいえ、6㎝のリカスがこの値段で手に入るなら文句はない。

さっそく折れたトゲの補修にかかる。段階的に、三度にわたって折れたようで、尖端は紛失している。残った二つのトゲをくっつけて、さらに本体に接合するのだが、なかなかうまく行かない。しかしまあ、なんとか我慢できる程度には仕上がった。

頭のトゲ以外の破損個所については、この標本が修復率12パーセントであることを思うと、そんなに神経質になるほどのことでもないような気がしてくる。どのみち完璧からは程遠いのだ。細かいことにこだわっていても仕方がない。


Hoplolichas plautini





さて本種だが、これまではほとんど眼中になかった。というより、無意識のうちに遠ざけていたといったほうがいいかもしれない。なぜかといえば、その姿かたちがあまりにも映画の怪獣によく似ているからで、こういうものに興味を示すのは、自分の幼稚さをさらけ出すようで気が引けた。

しかし、よくよく考えてもみよ。リカス類というのはどれをとっても、程度の差こそあれ、怪獣を彷彿させないものはない。ボンメルのいう formes monstrueuses は、端的に「怪獣のような姿かたち」と解するのが妥当だ。そして、そういう見地に立てば、ホプロリカスを幼稚だと断じて遠ざけるのは愚の骨頂である。なぜなら、それをいいだせば、他のリカスすべてが幼稚ということになってしまうのだから。

というわけで、つまらない虚栄心や先入観を取り払って眺めてみると、今回の標本もなかなかのものに思えてくる。少なくとも、リカス入門にはうってつけなのではないか。まずサイズがそこそこある、外殻上のツブツブが健在である、特徴的な尾板がよく確認できる、全体的なフォルムが怪獣的である、等々。

頭上のトゲについていえば、これあるために本種の怪獣度がぐっと上がっていることは否めない。下手な補修でも、ないよりはましだろう。

難をいえば、圧縮のせいで形がややいびつになっているが、この程度ならばじゅうぶん許容範囲内だ。むしろこのいびつさが、心理的な「偏倚」となって、私を次なる標本へと駆りやる原動力になるのである。


     * * *


「ロシアのオルドビス紀三葉虫」という本を見ると、ロシアで産出するホプロリカスの仲間が4種類あがっている。まあ、おおまかに4種類に分けられるということで、市場に出回っているものはとても4種類では収まりそうもない。それほど多種多様なものが並ぶホプロリカス類だが、これはプレップの方法にも問題があって、プレパレーターが勝手にトゲを植えつけて派手に見せるケースも少なくないようだ。いかにもロシアならではの手法で、すごいといえばすごいけれども、冷静に考えればやはりおかしい。

まあ、やっても意味はないことは承知の上で、いちおうその4種類の区別を書いてみよう。

1.角(額環のトゲ)が二又に分かれていたら、無条件でホプロリコイデス・コニコツベルクラトゥス(Hoplolichoides conicotuberculatus)。

2.角が一本で、太くて長くて直線的だったら、ホプロリコイデス・フルキフェル(Hoplolichoides furcifer)。

3.角が一本で、ほっそりと湾曲していたら、ホプロリカス・プラウティニ(Hoplolichas plautini)。

4.角が一本で、かつ頭部前方に4本ほどヒゲのような長いトゲが突き出ていたら、ホプロリカス・トリクスピダトゥス(Hoplolichas tricuspidatus)。

じっさい、2、3、4は区別がむつかしい。2の頭部に数本ヒゲを植えれば、4とほとんど区別がつかなくなってしまう*1。そしてこの4がホプロリカスの模式種で、1がホプロリコイデスの模式種というのだが、ロシア産にかぎっては、この二属を別々に立てる必要があったのかどうか、疑問に思う。というのも、2と3などは、属は異なれど、ツノの形状以外はほとんど同一なのだ。市場で名称の混乱が起るのも当然というべきだろう。

*1:尾板の形状は異なるようだが

今後の見通し──ロシア産を中心に

2017年はロシア三葉虫の年にしたい、と去年書いたが、じっさいはどうかといえば──

2016年末にフライング気味で手に入れたアサフス・エキスパンススを含めると、これまで6個の標本が手元に集まった。一年間で6個、つまり2ヶ月に一個のペースで買っていることになる。これは私としてはけっこうなハイペースだ。

このペースを2018年度も維持していきたいと考える。はたして高額種ぞろいのロシア三葉虫を相手にこのペースが保てるか。

はっきりいって自信はない。けれども、なんとなく蒐集の方向性のようなものは見えてきている。つまり、何を買って何を捨てるか、また買うとすればどういうタイミングで買うか、など。

だれでも知っているとおり、ロシア産には逆立ちしても手の届かない超高額種がいくつもある。これらSランク種はとりあえず見過ごそう。

Sランクの品以外にも、購入予定から外れているものは少なからずある。後回しにしてもいいもの、もしくは戦略的に後回しにすべきもの、つまり当面あまり関心のもてない種類がこれに当る。具体的にいえばアサフス類、イレヌス類がその代表だ。

その次には、安ければ買ってもいい、という種類がある。それほど関心があるわけではないけれども、いちおう相場は知っているので、それを大幅に下回る値段で出ているなら押さえておこうという、非常に打算的な姿勢に出るものだ。例をあげればロンコドマスなど。

最後に残るのは、ある程度のお金を払っても、ちゃんとした標本が欲しい、という種類。これが私のほんとうの意味で欲しいものということになる。キベレ、レモプレウリデス、ケルムスなど。

番外として、稀少種の部分化石や、保存のよくない見切り品などがある。こういったものは、他の産地でこそそれなりに珍重されるものの、美麗なものを表看板にしているロシア産では継子扱いされるのも仕方がない。私もよほどのことがないかぎり手を出さないだろう。

あと気になるのは、ある種のロシア産に見られる、まるで砥の粉でも塗ったかのような、のっぺりした均一の仕上げだ。これのせいで、れっきとした化石標本がフィギュアのようなチープなものに見えてしまう。おそらく補修箇所をごまかすための手段だと思うが、ああいう仕上げをするくらいなら、多少補修の痕がみえてもそのままにしておいてくれればいいのにね。

サルテロコリフェ・サルテリ

カリメネのようでカリメネでない、ベンベン! と歌いたくなるような、カリメネもどきとも称すべき一群の三葉虫がいる。おもにモロッコで産するカリメネラやプラドエラ、それに欧州で産するコルポコリフェ、ネセウレトゥス、サルテロコリフェ、さらに姉妹科のファロストマ科からプリオノケイルスなど。

これらの三葉虫の模式種を調べてみると、その多くがフランスで産出したことがわかる。こういうのを見ていると、かつてフランスは化石大国だったのではないか、という気がしてくるが、これはたぶん錯覚だ。化石産地としてフランスが優れているのではなく、たんにフランスの学者ががんばった結果、本国から多くの模式種が出たというにすぎないだろう。じっさい、こんにちこれらの種類についてフランス産を求めようとしても、満足できる状態のものなどほとんどありはしない。そこでわれわれの目は隣国であるポルトガルやスペインへと逸れていくのである。

これらのうち、コルポコリフェはいちおうフランス産を手に入れた。ではほかのものはどうするか。

ロッコ勢はしばらく措こう。となると問題になってくるのはネセウレトゥス、サルテロコリフェ、プリオノケイルスの三つだが、フランス産で満足なものが入手できるのは、たぶんネセウレトゥスくらいのもので、あとのふたつはまず絶望的だ。この二つは、他の国のものを探すよりほかない。

というわけで、前置きが長くなったが、今回手に入れたのはポルトガル産のサルテロコリフェ。

ポルトガル産ときくと、いきなりテンションが下がるようだが、やはりそれは多産ゆえの軽視なのではないか、と個人的には思っている。人間というのは、稀少なものは目の色変えて追っかけるが、ありふれたものには見向きもしない。しかしわれわれにとっていちばん大事なのは、そのものが稀少かどうかではなく、標本の質なのではないだろうか。その点でいえば、ポルトガルはけっして他の西ヨーロッパ諸国に劣るものではない。それどころか、多産ゆえの全般的な品質の高さと、それに応じた価格の低廉とは、貧寒なコレクターにはつねに福音でなければならない。


Salterocoryphe salteri (L: 45mm)


この標本では尾板を下にたくしこんでいるが、これはカリメネの仲間には多く見られる姿勢で、おそらく生きているときはこの部分が非常に敏感で、ちょんとつついてやるだけでただちに体丸めを開始しそうな、そんな気配が感じられる。

いずれにせよ、こういうふうにお尻を持ち上げてくれているのは私にはありがたい。というのも、サルテロコリフェとコルポコリフェを見分ける重要な特徴として、尾板の装飾があげられるからだ。前に引いた図をもう一度ここに出してみると──



さて今回の標本ではどうなっているかというと、かんじんの尾板の下のほうが母岩に隠れて見づらくなっている。そこでカッターで少し母岩を削ってみた。石質は非常にもろく、ちょっと刃先を突っ込めばすぐにぼろぼろと崩れてくる。


ビフォー

アフター


こんな感じで、特徴的な尾板をむきだしにできたのは幸いだった。これが確認できないと、欲求不満に陥ってしまうところだ。

エンクリヌロイデス・エンシエンシス

中国の四川省で産出したシルル紀三葉虫。買ったときの名前は Coronocephalus rex Grabau だったが、これはどうだろうか?

中国の三葉虫についてはあまりよく知らないので、断定的なことはいえないが、ごくふつうのイチゴ頭に「Coronocephalus 王冠をかぶった頭」という名前をつけるのも変なら、2cmほどの大きさしかないものに「rex 王様」という種名をつけるのも変だ。

というわけで、仮にしばらくエンクリヌロイデス・エンシエンシスとしておこう。

さて、上に「ふつうのイチゴ頭」と書いたが、イチゴ頭自体がすでにふつうでないので、今回のものもなりは小さい(18㎜)けれども、ルーペで拡大して眺めるその姿はそれなりに味わい深い。


Encrinuroides enshiensis


頭部の粒々はややおとなしめだが、胸節は彫りが深く、かつ粒々に覆われていて、同じくエンクリヌルス科に属するボヘミアの稀少種プラシアスピスを彷彿させる。


Plasiaspis bohemica


     * * *


エンクリヌルス科に属する三葉虫は、いずれも眼軸が伸びる傾向にあって、本種も本来なら斜め上方にカニの眼のようなのが飛び出しているはずだが、この標本では失われている。頬棘もあったのかもしれないが、やはり失われている。

失われたものを惜しむ気持がないわけではないけれども、こうして眼もない、トゲもないのっぺらぼうに近づけば近づくほど、イチゴ頭本来の異様さが強調されてくるのはなんとも皮肉な話ではある。