サルテロコリフェ・サルテリ

カリメネのようでカリメネでない、ベンベン! と歌いたくなるような、カリメネもどきとも称すべき一群の三葉虫がいる。おもにモロッコで産するカリメネラやプラドエラ、それに欧州で産するコルポコリフェ、ネセウレトゥス、サルテロコリフェ、さらに姉妹科のファロストマ科からプリオノケイルスなど。

これらの三葉虫の模式種を調べてみると、その多くがフランスで産出したことがわかる。こういうのを見ていると、かつてフランスは化石大国だったのではないか、という気がしてくるが、これはたぶん錯覚だ。化石産地としてフランスが優れているのではなく、たんにフランスの学者ががんばった結果、本国から多くの模式種が出たというにすぎないだろう。じっさい、こんにちこれらの種類についてフランス産を求めようとしても、満足できる状態のものなどほとんどありはしない。そこでわれわれの目は隣国であるポルトガルやスペインへと逸れていくのである。

これらのうち、コルポコリフェはいちおうフランス産を手に入れた。ではほかのものはどうするか。

ロッコ勢はしばらく措こう。となると問題になってくるのはネセウレトゥス、サルテロコリフェ、プリオノケイルスの三つだが、フランス産で満足なものが入手できるのは、たぶんネセウレトゥスくらいのもので、あとのふたつはまず絶望的だ。この二つは、他の国のものを探すよりほかない。

というわけで、前置きが長くなったが、今回手に入れたのはポルトガル産のサルテロコリフェ。

ポルトガル産ときくと、いきなりテンションが下がるようだが、やはりそれは多産ゆえの軽視なのではないか、と個人的には思っている。人間というのは、稀少なものは目の色変えて追っかけるが、ありふれたものには見向きもしない。しかしわれわれにとっていちばん大事なのは、そのものが稀少かどうかではなく、標本の質なのではないだろうか。その点でいえば、ポルトガルはけっして他の西ヨーロッパ諸国に劣るものではない。それどころか、多産ゆえの全般的な品質の高さと、それに応じた価格の低廉とは、貧寒なコレクターにはつねに福音でなければならない。


Salterocoryphe salteri (L: 45mm)


この標本では尾板を下にたくしこんでいるが、これはカリメネの仲間には多く見られる姿勢で、おそらく生きているときはこの部分が非常に敏感で、ちょんとつついてやるだけでただちに体丸めを開始しそうな、そんな気配が感じられる。

いずれにせよ、こういうふうにお尻を持ち上げてくれているのは私にはありがたい。というのも、サルテロコリフェとコルポコリフェを見分ける重要な特徴として、尾板の装飾があげられるからだ。前に引いた図をもう一度ここに出してみると──



さて今回の標本ではどうなっているかというと、かんじんの尾板の下のほうが母岩に隠れて見づらくなっている。そこでカッターで少し母岩を削ってみた。石質は非常にもろく、ちょっと刃先を突っ込めばすぐにぼろぼろと崩れてくる。


ビフォー

アフター


こんな感じで、特徴的な尾板をむきだしにできたのは幸いだった。これが確認できないと、欲求不満に陥ってしまうところだ。

エンクリヌロイデス・エンシエンシス

中国の四川省で産出したシルル紀三葉虫。買ったときの名前は Coronocephalus rex Grabau だったが、これはどうだろうか?

中国の三葉虫についてはあまりよく知らないので、断定的なことはいえないが、ごくふつうのイチゴ頭に「Coronocephalus 王冠をかぶった頭」という名前をつけるのも変なら、2cmほどの大きさしかないものに「rex 王様」という種名をつけるのも変だ。

というわけで、仮にしばらくエンクリヌロイデス・エンシエンシスとしておこう。

さて、上に「ふつうのイチゴ頭」と書いたが、イチゴ頭自体がすでにふつうでないので、今回のものもなりは小さい(18㎜)けれども、ルーペで拡大して眺めるその姿はそれなりに味わい深い。


Encrinuroides enshiensis


頭部の粒々はややおとなしめだが、胸節は彫りが深く、かつ粒々に覆われていて、同じくエンクリヌルス科に属するボヘミアの稀少種プラシアスピスを彷彿させる。


Plasiaspis bohemica


     * * *


エンクリヌルス科に属する三葉虫は、いずれも眼軸が伸びる傾向にあって、本種も本来なら斜め上方にカニの眼のようなのが飛び出しているはずだが、この標本では失われている。頬棘もあったのかもしれないが、やはり失われている。

失われたものを惜しむ気持がないわけではないけれども、こうして眼もない、トゲもないのっぺらぼうに近づけば近づくほど、イチゴ頭本来の異様さが強調されてくるのはなんとも皮肉な話ではある。

イレヌス・クラッシカウダ

ふた月ほど前にかなり気を揉まされたイレヌス・クラッシカウダ。その後気をつけていると、複数のショップで同一種が出ているのが目についた。どうもまとまった産出があったようで、いろんなタイプの標本から選べるのはありがたいが、どれをとってもけっこう高い。まとまって出たからといって、稀少種であることには変りなく、かといって稀少種ならではの見かけの特異性にも乏しいので、どうしてもターゲットが特定の愛好家層に絞られる結果、ある程度の高値をつけておいても売れるだろう、というのが売り手の思惑らしい。

まとまった産出があったのは確からしいとして、それは質的・量的にいったいどれくらいのものなのか。じっと待っていればこっちの好みの標本が適価で買えるとしたら、それに越したことはないが、そういうチャンスがくる保証はどこにもない。いま市場に出ているものが売れてしまえば、当分は次がない、という状況もおおいに考えられる。あとになって臍をかんでも遅いのだ。

というわけで、私としては珍しく、せっつかれるような気持で購入したのが下の画像のもの。サイズは幅 20mm ほど。


Illaenus crassicauda



私は基本的にエンロール状態の標本は好みでなく、いままで手に入れたものもすべて処分してしまったが、イレヌスだけはエンロールでもいいかな、と思っている。Fっしるのギャラリーにも説明があるように、横からみると、しゃくれた人の顔のようで、それが受け口のじいさんのようでもあれば、マンガに出てくるオロカメンのようでもある。こんなにおもしろい表情をつくる三葉虫はイレヌス以外にない。

それと、ヴァーレンベリの記載論文中の図版も、今回の標本購入に当って後押しをしてくれた。ぱっと見るとマンガみたいな図だが、ここにはクラッシカウダの特徴があますところなく捉えられている。一見して明らかなのは、その眼の高さであり、こういう盛り上った形状の瞼翼をもつイレヌスは、本種以外ではタウリコルニスだけのようだ。



もちろん、イレヌスはエンロール状態でないとダメだ、などというつもりはない。まっすぐ伸びたものはやはり基本であり、望ましいには違いない。しかしその場合でも、イレヌス類はその高さのある頭部と、平べったい胸部とのバランスがわるくて、横から見ると脊椎動物の胎児のような形になっていることが多いようだ。


     * * *


あと、イレヌス類における特徴として、中軸を左右から囲むようについている染み、すなわち筋肉痕(muscle scars)があげられる。今回の標本ではあまり明瞭でないが、たしかによくよく眺めれば頭部にそれらしい染みがある。この斑点は、ふしぎなことに、よく見ようとしてルーペで眺めると消えてしまう。逆にルーペでないと見えくいものにクチクラ模様(terrace lines)がある。これもイレヌス類に特徴的な装飾のひとつ。


     * * *


アサフスとイレヌスといえば、ロシア三葉虫の二本柱だが、今回の購入をもってその模式種*1を二つながら手に入れたので、この両属についてはこれで終りにしたい。ほんとうのことをいえば、この二つ以外にも気になるのがないわけではないが、この方面に深入りすると抜け出せなくなるのは明らかなので、あえて危険な道を避けることにした。


*1:Asaphus expansus, Illaenus crassicauda

イソテルス・マキシムス(二個目)

イソテルスの仲間は北米のあちこちで産出する。そのうちでもオハイオのイソテルス・マキシムスは外殻の色合いが美しく、かつ相当な大きさに達するので、なかなか人気も高く、おいそれとは手が出せない。しかし小さい部分化石なら安く手に入る。今回買ったのもそういったもの。幅は 30㎜ で、もし全身揃っていたら体長 45㎜ くらいになるだろうか。


Isotelus maximus


本種の標本はだいぶ前に、あまり状態のよくないのを買ったことがある。そのときは、外殻の美しさに目を奪われたが、どうもあれは外殻本来の美しさではなくて、保護剤のせいで光沢が増したのに幻惑されていたようだ。今回手に入れたものをみると、なるほど本種の外殻はこんな感じで保存されているんだな、というのがよくわかる。それはつや消しの、落ち着いた色合いで、殻は薄いことは薄いが薄すぎるというほどではなく、しっかりと安定しているようにみえる。本種に不可避の亀裂にしても、この程度ならばむしろ味になる。




前回の標本は、いちおう全身揃っているものの、頭部にかなりのダメージを受けていたので、それを補えるような標本が手に入ったのは幸いだった。眼なども保存状態は良好だが、残念ながら個眼レンズまでは確認できないようだ。



それにしても、北米のオルドビス紀三葉虫はほんとにハズレがない。たんに自分との相性がいいだけかもしれないが……


アンゲリナ・セジウィッキ

北部ウェールズの Porthmadog で産出したもの。前後の長さが 34mm なのに対し、左右の幅は 54mm もある。こんなに横幅の広い三葉虫はふつうには考えられない。これはもちろん地中で圧力が加わった結果こうなったので、ウェールズではごくふつうに見られる産状とのこと。この地ではむしろ変形していない三葉虫のほうが珍しいらしい。

変形しているだけでなく、全体的に奇妙な色合いで、とくに本体は黄鉄鉱化しているんじゃないかと思うような、鈍い金属光沢を放っている。


Angelina sedgwickii



まあ、保護剤のせいでそう見えるだけのような気もするし、そうであってほしい。というのも、三葉虫における黄鉄鉱化問題は一筋縄では行かないので、うちにあるセレノペルティスも三年前に買ったときとくらべると、まさにメッキが剥げたような状態になっている。


三年前

現在


こういうのを見ると、真鍮ブラシでこすって金色に染めたのを売ってるんじゃないか、と邪推したくもなる。


まあそれはさておき、このアンゲリナ・セジウィッキがオギギオカレラやオギギヌスと並んでウェールズを代表する種類であることは、SSPの図鑑を見てもわかる。そこには3ページにわたって5個の標本が紹介されていて、私の買ったもののように横方向に引き延ばされたものもあれば、縦方向に引き延ばされたのもあり、またほとんど変形を蒙っていないものもある。

これらの画像を見ていると、どうも縦方向に細長く引き延ばされた標本のほうがよりアンゲリナらしいような気がする。これはおそらく Angelina という優美な名前に引かされて、そういうほっそりした標本のほうへ感情移入しやすくなっているからではないかと思われる。

しかしじつのところ、アンゲリナというのはスウェーデンの偉大な古生物学者のニルス・ペテル・アンゲリンにちなんだ名前だと思われるので、思ったほど優美でも優雅でもないのかもしれない。

まあいずれにしても、このアンゲリンとセジウィックという、二人の偉大な学者の名前を背負ったオレヌスが手に入ったのは幸いだった。これだけは、名前に負けないだけのりっぱな標本を、と思っていたが、結果的に今回のような、やや不格好な標本になってしまった。それでも、まずまず味のある、眺めていて飽きない標本だと思う。

オレヌス類はあとまだ少し欲しいものがあるので、今後も注目していきたい。