ナニレヌス or タレオプス

AVAILABLE GENERIC NAMES FOR TRILOBITES という、三葉虫愛好家にはバイブルのような資料があって、ネットでも手軽に見られるので重宝しているが、これによるとナニレヌスとタレオプスはそれぞれ次のように説明されている。


ナニレヌス(Nanillaenus)
命名者:JAANUSSON, 1954
模式種:Illaenus conradi BILLINGS, 1859
産地:カナダ、オンタリオ、Black River Group
時代:オルドビス紀中期
分類:イレヌス科


タレオプス(Thaleops)
命名者:CONRAD, 1843
模式種:Thaleops ovata CONRAD, 1843
産地:アメリカ、アイオワ州、Maquoketa Fm.
時代:オルドビス紀後期
分類:スティギナ科


これでみると、両者は科レベルで異なっていることになるが、じっさいはどうだろうか。

下にBPMの図鑑の337ページにある画像をあげておこう。左がナニレヌスで、右がタレオプスだが、ほとんど同一種にしかみえないのではないか。



「ニューヨークの三葉虫」などを見ると、ナニレヌスもタレオプスもひとしくイレヌス科に分類されていて、これがいちばん妥当な見解のような気がする。頬角が鋭角をなして突き出ていたらタレオプスで、柔和に丸まっていたらナニレヌス、というのが素人にはわかりやすくていい。

さて、今回手に入れた標本だが、いちおうナニレヌスの一種ということになっている。しかし、SSPの「オルドビス紀三葉虫」という本によれば、「カナダ産のタレオプスのあるものは、かつてはナニレヌスの一種として分類されていた」とのことなので、もしかしたらタレオプスの一種である可能性もある。

そう思ってよくよく眺めると、たしかに頬角はふつうよりも鋭く突き出ているようにみえるが、なにしろ頭部が上からの圧力でつぶれてしまっているので、正確なところはわからない。






まあ私としては名前などはどっちでもいいので、カナダ産のイレヌス類が手に入っただけで満足だ。産地はオンタリオ州シムコー郡の Verulam 層とのこと。

標本棚

長年放置していた棚を整理して標本棚に使うことにした。ベニヤでひな壇らしきものを作って化石を置くようにしたが、どうも見た目があまりよろしくない。しかし、これもあれこれ試行錯誤しているうちにサマになるんじゃないかと思っている。

初期のころはいろいろ見境なく集めていた化石も、最近ではすっかり三葉虫中心主義になってしまった。Trilobitocentrism という言葉はないようだが、あってもおかしくない気がする。じっさい私にとって化石の世界とは、三葉虫とそれ以外に大別される。「それ以外」にはもちろんありとあらゆる化石が含まれるのだが、それとて三葉虫の絶対的優位を脅かすものではない。それらはしょせん三葉虫という中心のまわりを巡る衛星のごときものにすぎない。

まあ理屈はともかくとして、現在の(つまり初期状態の)標本棚の画像をあげておこう。これが一年後にはどう変っているだろうか?





9月9日追記
コメントへの参考画像

イレヌスの中のイレヌス

某所で見つけたロシア虫のイレヌス・クラッシカウダ。これは前から欲しかったので、よっしゃ! と意気込んだが、ちょっと待てよ、これはほんとに I. crassicauda なのか?

ロシアのイレヌスにしたら小ぶりだが、そんなことより保存状態が劣悪で、クラッシカウダの特徴とされる多くの点が確認できないのである。全体的になんとなくそれっぽい感じがするというだけで、はっきり本種と同定するだけの決め手に欠けている。もちろん専門家からすれば一目でそれと分るんだろうけど、あいにくこっちにはそういう目はない。無理をして買ったものの、あとで「これはクラッシカウダではありません」という証拠が出てきたら、どうするのか?

いや、じっさいのところ、なんで私がクラッシカウダに惹かれているかといえば、その形が好きとかいうんじゃなくて、たんにこれがイレヌスの模式種だから。まったくわれながらバカみたいな理由で、あまり大きな声ではいえないのだけれども……

ダルマンが記載しているのはスウェーデン種だが、もちろんスウェーデン産のクラッシカウダなんぞはこんにち手に入らない。運よく手に入っても、おそらく完全体は望めないだろう。そこへいくと、同じ種類がロシアからも産出するのは魅力的だ。しかしそのロシア産もめったに目にすることはない。ネットで検索しても、ほとんど画像が出てこないことからもそれは知れる。

そう思えば今回の標本、むりをしても買っておくべきなのかなあ、と思案投げ首。

イサベリニア・グラブラタ

到着した標本を眺めながらいつも思うのは、これはほんとに〇〇だろうか、ほんとに××から産出したものだろうか、ということ。どうもそのへん怪しい標本が多いように思うんですよ。こっちにはっきりした同定の手段があればべつだが、そうでない場合は売り手のいう情報を信じるしかない。しかしこれが必ずしも信用できるものでないことは、ちょっと経験を積めばわかってくる。国際的に名の通った研究者の出すものでも、怪しいものはあくまでも怪しいのである。

さて今回のものだが、これがイサベリニア・グラブラタであることはほぼ確実だ。ノビリアサフスでもなければアサフェルスでもオギギヌスでもない。しかし、これがポルトガルのヴァロンゴ層から出たものかどうかになると、私には判断がつかない。スペイン産といわれればそうかと思うし、フランス産といわれてもそうかと思うだろう。


Isabelinia glabrata


ポルトガルならではの標本といえば、地中の圧力で多少なりとも変形した、平べったくて白っぽい幽霊のような標本があげられる。しかしそれ以外にも、他産地のものに類似したものも少なくない。下にあげる画像では、中段の左側がフランス産のイサベリニア、右側のがポルトガル産のイサベリニアだが、ほとんど区別がつかないでしょう?



まあ、イベリア半島付近のオルドビス系から出た標本という観点からすれば、ポルトガル、スペイン、フランスといった区別は無用になる。国境線というものは、人間が便宜的に引いたものにすぎないのだから。


     * * *


いちおうヴァロンゴ層の標本が三つ揃ったので、並べて写真を撮ってみた。ひとつづつ取りあげてみれば違いはあるものの、こうして並べてみると、なんとなく似通っているのも事実だ。この手の標本は、垂直のトゲや出っ張りがないので、私としてはいちばん扱いやすい。なによりも見ていて安心感がある。トゲトゲの多い、見ていてはらはらするようなのは、「癒し」からは程遠いように思うのだが、どうか。



J. W. ソルターが本種を Ogygia glabrata として記載したのは1853年というからずいぶん昔の話だ。タイプ標本はやはりポルトガルのオルドビス系から出たものらしい。ところが、 これに Isabelinia という名前が与えられたのはわりと新しくて、1989年のことらしい。命名者はラバノ(Rabano)という人だが、スペインの古生物学者に Isabel Rabano という人がいる。イサベリニアとこのイサベルさんと関係があるのだろうか?

オカタリア・スズイイ

スペインのカンブリア系から出たもので、産地はレオン県のカンタブリア山脈とのこと。Cambrian, Cantabrian と書いてあるので何かの間違いかと思ったが、そういう名前の山があるらしい。ご覧のとおり頭部のみの部分化石で、緑がかった灰色の母岩に黄色で保存されている。


Occatharia sdzuyi


本種は1967年にクルトソル(Courtessole)によって Conocoryphe sdzuyi という名前で記載されたのが最初らしい。コノコリフェといえばチェコで産出するものが有名で、さらにいえば眼のない三葉虫の代表種でもある。しかし、コノコリフェの仲間のすべてが盲目というわけではない。チェコで産するものでも、Conocoryphe havliceki にはちゃんと眼がある。で、今回のオカタリアはその C.ハヴリチェキにあらゆる点で酷似しているのだ。

原記載者のクルトソルは本種について oculé という字を使っている。これは第一義的には「眼状斑のある」という意味だが、本種の場合、眼状斑ではなくて端的に「眼がある」と解したほうがいいような気がする。じっさい標本をみても、もしこれが眼状斑であって眼ではないとすると、ハルピデスの眼なども眼状斑ということになってしまうだろう。

現在うちにあるコノコリフェの仲間を集めて写真を撮ってみた。こうしてみると、やはりチェコのコノコリフェには独特の風格があるし、胸節というのは(たとえ不完全でも)あったほうがいいよなあ、と思うのである。