ファコプスの館 -La Maison de Phacops

化石ヲ蒐集シナイ日記

削除予定の雑文

ヤフオクをみると、新手の化石業者があらわれている。その名もGFM。といっても、ページのレイアウトや出品傾向はかつてのおなじみのMFに酷似している。私はうかつにもグリフォン・フォッシル・マスターかと思ってしまった。

アイドルマスターやらポケモンマスターがいるなら、フォッシルマスターがいてもいいじゃないか、という私の思いとはべつに、どうやらフォッシルのFとミネラルのMとを並べただけらしい。それならそれでもいいが、複数形にしておいたほうがより「らしく」なると思う。

ちなみにアメリカ人にフォッシルといっても通用しない。正しい発音はファソー。同様に三葉虫はトリロバイトではなくタイロバイトだ。

それにしても、MFの影を引きずったGFMの威光をもってしても、私にかつての標本熱を取り戻させるのは無理のようだ。不感症というか、冷感症のようで、われながらいやになる。

すいません、くだらない記事を書いてしまいました。

くだらないついでにもうちょっと書こう。標本熱を失った人間からみると、化石はどれもこれも高すぎる。これにこの値段なんてありえないでしょう、というような価格で取引されているようにみえるのだが、どうか。

そんなことはないよ、むしろ値崩れしているよ、という人もいるだろう。たしかに、ありふれたものは徹底して安い。モロッコの一般種なんて、売れば売るほど赤字じゃないかと思う。しかしちょっと目先の変ったものや、目新しいものには不当なまでに高い値段がつく。

私は4年前にパラドキシデスを1万2千円で手に入れた。そのころでもチェコ産の三葉虫は枯渇していて、見つけたときが買い時などといわれていたので、ある程度の出費は覚悟していたが、終ってみれば意外に安く手に入ったことになる。

この1万2千円ラインが一種のスタンダードになってしまって、その後もこれを超える額が出せない時期がだいぶ続いた。それを突破してきたのがMF祭りであり、私としては新たなステージに立ったような気分だったが……

いまふたたびステージを降りてみると、この1万2千円ラインが復活してきて、たいていの三葉虫が不当に高く思えてしまうのである。じっさいざっとヤフオクを見渡して、1万2千円以内で買える三葉虫がどれほどあるか。めぼしいのはまず無理とみてさしつかえないのではないか。

私はいつも、どこかの業者が目の覚めるような標本を売りに出してくれないかなあ、と思ってる。そうすれば、この長引いている停滞を終わらせることができるんじゃないか、と。

しかし、1万2千円ラインが復活してしまった現在、たとえ目の覚めるような標本が売りに出たとしても、はたして清水の舞台から飛び降りることができるかどうか、おおいに疑問だ。見る前に飛ぶことを可能にするのは、やはり盲目的情熱以外にないだろうと思うから。

レプリカを売る

年末から私を翻弄しつづけたレプリカたち。先日ヤフオクにその余り分、ダブり分を出したら、思いがけない高値がついてしまい、けっきょく余り分だけでなく、自分用にとっておいたものも思いきって吐き出すことにした。手元に残ったのは、英国シルル紀のめんめんだけ。私がレプリカで強い衝撃を受けたのはそういった広義のダドリーバグに限られるので、そういうものだけ残してあとは処分するのが本来の筋というものだろう。

というわけで、ダドリー三大頭ボール、カリメネ各種、トリメルス、キバンティクス、アカステなどが残ったわけだが、そういう英国三葉虫の粋の粋を──レプリカにしろ──所有できたのはなんといっても幸運だった。そのことを私は片時も忘れたことはない。私のその後の停滞も、おそらくこの幸運の代償ではないかと思っている。

今回のレプリカの引き取り手は、当然のことながらそういったダドリーバグの大部分には──多すぎるカリメネを除いて──触れえないわけで、つまるところレプリカの粋を味到するところまでは行かないだろう。そしてそれはやはり幸運なことではないかと思う。というのも、レプリカでそういうものを味わってしまうと、私と同じく通常の標本に興味が持てなくなってしまい、その後の停滞が確定的なものになるおそれがあるからだ。

「よくできてるけど、やっぱりレプリカはレプリカ、ほんものとは比べ物にならないな」

そういうふうに思ってもらうのがいちばんいい。種において完璧なものは種を超えるというが、レプリカにもそれはいえるので、「レプリカ以上」になる前に抑えこんでおくことだ。

スカブレラのつくりかた

副題の「化石蒐集日記」が実情にそぐわなくなってきたので、暫定的に「化石ヲ蒐集シナイ日記」に変えておこう。いつかまた蒐集熱が復活したら、元に戻せばいい。

三葉虫の化石を集めていて、私がふしぎでならなかったのは、特定産地から出る「幻の巨大種」なるものの存在である。たとえばスカブレラ。小さくても15cmは超えているのではないか。大きいのは30cmに迫ろうとするものまであるが、スカブレラのこどもの標本を私は見たことがない。3cmとか5cmのスカブレラがあってもよさそうなのだが、いや、ないとおかしいのだが、そういうものは市場には出てこない。

なぜこうなるかといえば、あのスカブレラの巨大標本が作り物だからではないか、と思うのですよ。もしかしたら100パーセント贋物かもしれない。そういう目でみると、あんなものは簡単に作れそうな気がしてくる。型から起こすというより、彫刻の要領で。

ところで、ここ最近ずっとヤフオクに出品されているスカブレラがある。値段が値段なのでなかなか買い手がつかないようだが、あれを見るかぎり、とても作り物とは思えんのですよ。もちろん真に迫った贋物というものは考えられるし、あれも一個体まるまる完全体を整形したものではないと思うが、それにしてもよくできている。

そこで思うのだが、ああいうふうな幻の巨大種のつくりかたを順を追ってビデオに撮って、動画としてアップしてくれる人はいないものか。手品の種明かしめいてくるけれども、少なくともふつうの原石をふつうにクリーニングする動画よりも見ていておもしろいし、そういう「工芸品」にもそれなりの需要や対価があることがよく分るだろう。なるほどこれほどの作業を経て作られたものなら、ウン十万するのもしかたないな、と買い手も納得するかもしれない。

贋物化石の見分け方、みたいな動画もあるが、明らかに贋物とわかるものを検証したって仕方ないだろう。私としては、ほんものにしか見えないものをいかにして作るか、のほうに興味がある。

わが関心の最前線

数年前によく飲んでいたコーヒーを最近また買ってきて飲んでみたところ、私の化石熱がいちばん高まっていたころの感興がありありとよみがえってきて驚いた。そういえば、かつては化石標本が届くと、まずコーヒーをいれて、タバコに火をつけ、おもむろに梱包を解くのが儀式にようになっていた。その後タバコをやめてからは、とくに台所で梱包を解く必要もないので、自然にそういう習慣もなくなっていったが……

最近ではもう化石標本が届くという、かつては週単位で日常化していた事象そのものがなくなってしまった。いずれ風向きが変るときがくるだろうと思いながら、いっこう事態は好転しない。これはいったいどうしたことだろう。

過去をふりかえってみると、私の場合、何かに熱中しても、たいてい2、3年もすれば熱がさめる。化石の前はインテリアだった。その前は中世音楽だった。その前はエリー・アメリングを中心とするディーヴァたち。その前は……といくらでも出てくるが、いずれも数年で熱は冷めている。もっとも、熱が冷めたからといってそれらに対する関心がなくなったわけではない。熱狂的な季節が去ったというだけで、それらに対する愛着はいまだに根強く残っている。

思うに、化石というものも、私の関心の最前線から後退しただけのことで、興味そのものは今後もなくなることはないだろう。とはいうものの、最大の関心事であることをやめたということは、いままで日課のようにしてきたネット上での新着標本のチェックなどは今後おろそかになっていくと思う。それはどうしても避けられないことで、やがてべつな何かが関心の最前線に姿をあらわすだろう。それとともに、化石蒐集は少しづつ過去のものになっていくだろう。

おそらくいまはそういう時期にきている。

出品を終えて

人の楽しみに蒐集がある。
考えてごらん、放出もある。


コレクターのなかでも、放出が好き、という人は少ないのではないか。私は根がコレクター気質ではないせいか、わりと放出は好きなほうで、買ったものの3分の1くらいは売りに出している。今回も部分化石を中心に10個あまりを出して、置き場は寂しくなったが、気分はすっきり軽くなった。

放出というのはやり始めると勢いがついてしまうことがあり、当初は予定していなかったものまで処分の候補にあがってくる。今回はかろうじて予定分だけで終ったが、棚を見渡すと、あっちにもこっちにも放出されたがっているようにみえる標本がある。これらをどうするか。そういうことを考えるのも放出の楽しみのひとつだ。

買ってくれた人々には、レプリカをおまけでつけようと思っていたが、小さい化石ばかりなので、レプリカを入れると重さが増して送料があがる。それはたぶん買い手も望まないだろう。というわけで、レプリカはそのまま残ってしまった。

自分も蒐集の初期には、業者や転売屋ではない、一般のコレクターの放出品を安く譲ってもらった。そのうちのいくつかはいまでも手元に置いて大切にしている。自分の出すものも、そういうふうに買い手に愛されればいいと思う。そしてそのためには、売り手として、せめて買い手に不快感を与えないような対応をしたいと思う。

標本は気に入ったが、売り手の態度が最悪で、それが標本に暗い影を落とす、というような場合もないわけではないのだから。