イサベリニア・グラブラタ

到着した標本を眺めながらいつも思うのは、これはほんとに〇〇だろうか、ほんとに××から産出したものだろうか、ということ。どうもそのへん怪しい標本が多いように思うんですよ。こっちにはっきりした同定の手段があればべつだが、そうでない場合は売り手のいう情報を信じるしかない。しかしこれが必ずしも信用できるものでないことは、ちょっと経験を積めばわかってくる。国際的に名の通った研究者の出すものでも、怪しいものはあくまでも怪しいのである。

さて今回のものだが、これがイサベリニア・グラブラタであることはほぼ確実だ。ノビリアサフスでもなければアサフェルスでもオギギヌスでもない。しかし、これがポルトガルのヴァロンゴ層から出たものかどうかになると、私には判断がつかない。スペイン産といわれればそうかと思うし、フランス産といわれてもそうかと思うだろう。


Isabelinia glabrata


ポルトガルならではの標本といえば、地中の圧力で多少なりとも変形した、平べったくて白っぽい幽霊のような標本があげられる。しかしそれ以外にも、他産地のものに類似したものも少なくない。下にあげる画像では、中段の左側がフランス産のイサベリニア、右側のがポルトガル産のイサベリニアだが、ほとんど区別がつかないでしょう?



まあ、イベリア半島付近のオルドビス系から出た標本という観点からすれば、ポルトガル、スペイン、フランスといった区別は無用になる。国境線というものは、人間が便宜的に引いたものにすぎないのだから。


     * * *


いちおうヴァロンゴ層の標本が三つ揃ったので、並べて写真を撮ってみた。ひとつづつ取りあげてみれば違いはあるものの、こうして並べてみると、なんとなく似通っているのも事実だ。この手の標本は、垂直のトゲや出っ張りがないので、私としてはいちばん扱いやすい。なによりも見ていて安心感がある。トゲトゲの多い、見ていてはらはらするようなのは、「癒し」からは程遠いように思うのだが、どうか。



J. W. ソルターが本種を Ogygia glabrata として記載したのは1853年というからずいぶん昔の話だ。タイプ標本はやはりポルトガルのオルドビス系から出たものらしい。ところが、 これに Isabelinia という名前が与えられたのはわりと新しくて、1989年のことらしい。命名者はラバノ(Rabano)という人だが、スペインの古生物学者に Isabel Rabano という人がいる。イサベリニアとこのイサベルさんと関係があるのだろうか?

オカタリア・スズイイ

スペインのカンブリア系から出たもので、産地はレオン県のカンタブリア山脈とのこと。Cambrian, Cantabrian と書いてあるので何かの間違いかと思ったが、そういう名前の山があるらしい。ご覧のとおり頭部のみの部分化石で、緑がかった灰色の母岩に黄色で保存されている。


Occatharia sdzuyi


本種は1967年にクルトソル(Courtessole)によって Conocoryphe sdzuyi という名前で記載されたのが最初らしい。コノコリフェといえばチェコで産出するものが有名で、さらにいえば眼のない三葉虫の代表種でもある。しかし、コノコリフェの仲間のすべてが盲目というわけではない。チェコで産するものでも、Conocoryphe havliceki にはちゃんと眼がある。で、今回のオカタリアはその C.ハヴリチェキにあらゆる点で酷似しているのだ。

原記載者のクルトソルは本種について oculé という字を使っている。これは第一義的には「眼状斑のある」という意味だが、本種の場合、眼状斑ではなくて端的に「眼がある」と解したほうがいいような気がする。じっさい標本をみても、もしこれが眼状斑であって眼ではないとすると、ハルピデスの眼なども眼状斑ということになってしまうだろう。

現在うちにあるコノコリフェの仲間を集めて写真を撮ってみた。こうしてみると、やはりチェコのコノコリフェには独特の風格があるし、胸節というのは(たとえ不完全でも)あったほうがいいよなあ、と思うのである。


三葉虫人間はどこにでもいる

「週間はてなランキング」とかいうのが目についたので見てみると、はてなブログでブックマークが何百とか、ものすごい数字が並んでいる。このあたりははてな村(今でも使われているのか?)の絶巓であり、極北である。自分のところと比べることさえおこがましいが、私のブログは4年近くもやっていて、アクセスは日に10人ほどで、ブックマークのごときは全記事あわせても一つだけ。いったいどこからこの差は出てくるんだ、と思う間もなく、三葉虫がテーマではそれもしかたないな、と思う。みなさんも心当たりがあるだろう。職場で、あるいは学校でもいいが、まわりに三葉虫を集めている人が何人いるか。たいていは一人もいないでしょう?

というわけで、マイナー分野をテーマにしたブログが読まれないのは当然のことなので、私がわるいわけではない。だれがやったって、そう、〇〇の巣穴や〇〇の世界や〇〇収集ブログのような、この世界ではメジャーどころであっても、注目度はたいてい☆ひとつが限度なのである。

話は変るが、私がいつも持ち歩いているクリアファイルには、バランド先生の図版集のページをプリントアウトしたものが入れてある。私としては洒落のつもりなのだが、もちろんそんなものにはだれも関心をはらわない。私もふだんはそういうものがファイルの表紙になっているのを忘れている。

あるとき、スタンドで給油していると、作業員が「おもしろいですなあ、化石ですか」といきなりいうので面食らってしまった。化石なんてこの車に置いてないぞ、と怪訝な顔をしていると、その人は窓越しにクリアファイルを指さして「それ、化石じゃないんですか?」という。はっとして、「はい、そうです。三葉虫です」と答えてしまった。

いままで社内で何人もの人に見られながら、それが三葉虫であることはおろか、化石であることにすら気づいてもらえなかったのに、スタンドの作業員に一発正解してもらえたのはじつに嬉しかった。化石の愛好家は意外なところにいる。ふだんはいないようにみえて、じつは電車であなたの隣に座ったひとが「三葉虫人間(Trilobite person フォーティの造語)」かもしれないのだ。

それ以来、見ず知らずの人がのぞきこんでいるスマホに自分のブログが出ていたら、というようなことを夢想するが、もちろん現実にはそんなことは起こりっこない。

停滞

この前ロシア産の稀少種で失敗してからというもの、どうやらツキに見放されてしまったようで、いままでコンスタントに続いていた蒐集の手がぴたりと止まってしまった。まあ一種のスランプと思えばいいのかもしれない。じっさい、どこを見渡しても欲しいと思う標本が皆無なのである。それはそれでお金を使わずにすむのはありがたいのだが……

4年間走り続けてきたわけだから、このあたりで一休みして、初心に帰ってみるのもいいかもしれない。初心といえば、三葉虫を集めはじめたころ、某所に出した文がある。その一節を引用してみよう。

私が寓目したうちで、欲しいと思う三葉虫をランダムに並べてみると、まずアカントピゲ・ハウエリ(これは ebay で土壇場で他人にかっさらわれた)、オギギオカレラ・デブッキイ(デブッキイ以外ではだめだ)、キベレ・ベラトゥラ(キベレという名がよい、フランス語読みにするとシベールだから)、イソテルス・マキシムス(巨大アサフス!)、アルクティヌルス・ボルトーニ(ヤフオクのとある業者のトレードマーク)、ハルペス(初めて見たときは便器を連想した)、オンニア(目のない三葉虫ではいちばん好きかも)、アカドパラドキシデス(カンブロパラスを手に入れた今となってはあまり欲しくなくなったが、それでもまだまだ)、シュードキベレ(小さいが、顔を見たとたんに参った)、セレノペルティス(できれば後ろの棘の長く延びたやつ)、モドキア・ティピカリス(エルラシア・キンギでがまんしろ、という声もある)、プリオメラ・フィッシェリ(これも顔にやられた、それとあの彫り刻んだかのような体節!)、オレネルス類(三日月形の目と棘が魅力)、ダルマニテス(なんとなく知的な感じがするのは気のせいか)、トリメルスもしくはパラホマロノトゥスもしくはディプレウラ(今まで見たうちでもっともインパクトのあった個体、しかし名前をメモするのを忘れた)、等々。


このころの、未知の大洋へ乗り出すような、抑えきれない胸のときめきが戻ってきてくれることを願うばかり。

化石や鉱物の手入れ

みなさんは標本につく埃はどうしてますか?

自分はケースに入れて保管しているから、埃なんか気にしない、という方もおられるでしょう。まあそれはそれでかまいませんが、ケースに入れているからといって、埃が付着しないとはかぎらない。まったく、埃というやつはどこからでも侵入する。それに、埃でなくても、脱脂綿やなんかの綿ゴミが標本に纏わり付いてる場合もある。ふだんは分らなくても、画像を撮ったりすると意外にゴミだらけ、ということもあるだろう。

さて、この標本に付着する埃だが、見た目がよろしくないのは当然として、いったい実害はあるのだろうか?

私はあると思う。たとえば、鉱物や化石を扱っている店の棚の下の方にしまいこまれた三葉虫たち。それらを見ると、母岩ともどもなんとなくくたびれて、煤けたようになっている。たんに表面が薄汚れているのではなく、標本の内部にまで汚れが沁み込んでいそうで、布で拭ったくらいでは簡単にきれいになりそうにない。これは長年にわたって標本に積もり積もった埃の作用でこんなふうになってしまったのではないか。

まあ化石の場合、ある程度の古色はかえって標本の品位を高めるかもしれない。問題は鉱物だ。これは硬度が低くなればなるほど外部からの作用の影響を受けやすくなる。それは見やすい道理だろう。埃くらいならまだどうにかなるが、タバコの煙なんかはてきめんに悪影響を及ぼす。煙の粒子が鉱物の表面に付着し、徐々に変質させていくのは自分の手元にある標本をみればわかる。それはもう水洗いしようが洗剤で洗おうが、ぜったいに元の状態には戻らない。

というわけで、せっかく手に入れた標本をなるべく長く元の状態のまま保管したいと思う人々にとっては、埃対策にもそれなりに気をつけなければならないのである。

私は最初、カメラのレンズの埃を飛ばすゴム製のブロワーがいいんじゃないかと購入してみたが、これはほとんど使い物にならなかった。埃というものは意外に粘着性があって、そう簡単には空気では飛ばせない。それに、繊細な標本の近くにこれを持っていってシュポシュポするのは、先端を標本に当ててしまいそうでこわい。まあないよりはマシ、といったレベルで、これはあまりお勧めではない。

私が標本の埃落としに使っているのは、パソコンのモニター用の刷毛だ。これは静電気の作用で埃を除去してくれるらしいが、正直いって静電気が効いているのかどうか定かではない。ただ、毛が非常に細く柔らかいので、たいていの標本に使っても大丈夫だ。究極のトゲトゲ標本といえるコネプルシアの逆立ったトゲをかき分けるようにして外殻の埃を除去しても、トゲにはまったくダメージを与えずにすむだろう。それに、刷毛の長さを調整することでコシの強さに変化をつけられるのもいい。しつこい埃には刷毛の長さを短くすることで対処できる。

鉱物の場合、化石とは比較にならないくらい表面の構造が繊細なものも少なくないが、いちおううちにある鉱物はどれもこのブラシできれいに掃除できる。脆いので有名なジプサムでもまったく問題ない。オーケン石くらいになるとちょっと心配だが、いつか手に入れたら試してみよう。


【2006年モデル】ELECOM コンパクトブラシ KBR-006BU

【2006年モデル】ELECOM コンパクトブラシ KBR-006BU