ケラトヌルスの一種

ディクラヌルスのあとはこれしかないでしょ、というわけで買ったのが本種。アイデンティティが揺らぐほど高い買い物だったが、これにはミラスピスの後押しもあった。というのも、ケラトヌルスはいろんな点でじつによくミラスピスに似ていて、ほとんど直系の子孫かと思うほどなのだ。ミラスピスはあまりいい標本が手に入らなかったが、それだけに不満がたまっていたらしく、今回ケラトヌルスが出ているのを見て一も二もなく飛びついてしまった。ボヘミアの仇をオクラホマで討つ(?)というほど執念深くはないつもりだが……


Ceratonurus sp.


もちろん似ているといっても別種だから当然違いはある。それらをあげてみると──

と思ったが、書いてもあまり意味がなさそうだからやめた。その気になればすぐに調べられるしね。それより両者のいちばん気になる違いについて書こう。

ケラトヌルスはミラスピスの特徴をほとんどすべて承け継いでいるが、ひとつだけ、後者にあって前者にないのが各胸節のサブの棘だ。これはメインの長い棘の前方についている短い棘で、細かいヒゲが生えている。ミラスピスの標本にはこれがはっきり認められるが、ケラトヌルスではこれが見えない。というか、この部分は剖出されずに母石に埋まったままになっている。かろうじて根っこの部分が確認できるのみだ。

これはケラトヌルスにかぎらず、ブラックキャットマウンテンで産出する他のトゲトゲ種についてもいえることで、ディクラヌルスもレトプルシア(Laethoprusia)もサブの棘は剖出されないままになっている。これはいったいどういうわけだろうか。御大(ボブ・キャロル)に訊ねてみると、どうもこういう答えが返ってくるようだ。

「サブの棘ですか。それはあることはありますよ。私がこの目で母岩中に確認していますからね。ただこれをクリーニングするとなると、なかなかやっかいでね。メインの棘のほうを台無しにする覚悟ならできないこともないが、私はそういうことはやらない主義なんです。ただでさえ貴重な原石を無駄にはしたくないんでね」

ボブ・キャロルにできないのなら、他のプレパレーターにもまず無理だろう。サブの棘は潜勢としてのみ存在する、と思うほかない。


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ケラトヌルスという名称の由来について書いておくと──

1883年に、オットマル・ノヴァーク(バランドの唯一の直系の弟子)がデボン紀ボヘミア産のオドントプレウラ科の新種をアキダスピス・クレイチイ(Acidaspis krejcii)として記載。

1949年に、プラントルとプルシビルが同種をケラトヌルス・クレイチイとして再記載。


Ceratonurus krejcii(8番目の画像。プラハ国立博物館にある頭蓋の標本)


ケラトヌルスという名前がもとはボヘミア種につけられたというのは私には意外であるとともにうれしいことだ。なんといっても私の本拠地はボヘミアにあるので、オクラホマはその出張所といった位置づけなのである。

ボヘミアではクレイチイ以外にも何種類かケラトヌルスが見つかっているようだが、いずれも頭部の部分化石のみで、全身揃ったのは出ていないようだ。ドイツの下部デボン系から出る Ceratonurus selcanus (Roemer) などもおそらく同様。

これら部分化石のケラトヌルスにはほとんどすべて種名がついているが、全身揃っているオクラホマ産やモロッコ産のケラトヌルスにはどういうわけか種名がついていない。研究よりも先に商品として世に出てしまったからだろうか? 

いずれにしても、「我輩はケラトヌルスである。名前はまだない」では落ち着きがわるいので、早いところなにか名前をつけてやってほしいと思う。私が好きなのは insignis(抜きん出た、極めつきの)とかそういったものだが、こんなご大層な名前はいまどき流行らないのかもしれない。

ケラトヌルスという属名については、その語源がはっきりしないが、ceras(角)の複数属格 ceraton に urus をつけたものではないかと思う。


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ディクラヌルスとケラトヌルスが揃ったことで、私のオクラホマ三葉虫探求はとりあえず終ってしまった。そのほかのものは「どうしても欲しい」というほどではない。とはいうものの、ジョージ・ハンセンの「ブラックキャットマウンテンの三葉虫」を読むと、一般種から超稀少種まで、この地のものすべてに愛着が湧いてくる。この本はそれほど魅力的で、なによりも全体がアマチュア精神で貫かれているのがすばらしい(専門家でないということと、愛好家であるという二重の意味で)。

「露頭で見つかる化石の大部分は脱皮殻で、完全体などはめったに出やしない。そういっても、部分化石だって捨てたものじゃない。げんに我が家の本棚や窓台には、こういった半端ものの化石がいっぱい飾ってあるよ」

こういうさりげない一節にシンパシーをおぼえるのは私だけだろうか。

ブラックキャットマウンテンというのはオクラホマのデボン系、ハラガン層とボア・ダルク層を含む一帯のことだが、オクラホマにはそれ以外にヘンリーハウス層というシルル紀の地層があって、ここからはカリメネやフラギスクトゥムが出るらしい。またブロマイド層(オルドビス系)からはロンコドマスほか各種の三葉虫が出るようだ。そのほかにも私の知らないなんとか累層というのがオクラホマには山ほどあって、もちろんすべてが化石を産するわけではないけれども、それでもオクラホマ全体の化石動物相はかなりの偉観を呈するのではないかと思われる。