化石のバロック

私は手に入れた化石や鉱物はむきだしで並べて楽しむタイプなので、陳列棚は必要不可欠なものなのだが、しかし棚という限られたスペースはすぐにいっぱいになってしまう。むりをして詰め込んでも、あまりごちゃごちゃしているのは自分の美意識に反するし、なによりも標本を傷めそうなのが怖い。そこで適当に間引いて、はみ出たものはべつの置場に落ち着くまでそのへんで待機させる、ということになる。

そんな自分にとって、下にあげる画像はある意味で衝撃的だった。というのも、私が「これ以上はむり」と思って引き返した地点を軽々と超え、さらに行けるところまで行きついた人間の営為がここには見て取れるからだ。



これは SBÍRKA FOSÍLIÍ というチェコのページで見つけたもので、下から順に古生代中生代新生代と年代ごとに標本が陳列されている(このぎゅう詰め状態を陳列と呼ぶとして)。当該ページへ行ってぜひ拡大写真を見て欲しいのだが、このコレクションを構成している標本はどれをとってもかなりのものだ。私はこれを見ながらふとヨーロッパにある骸骨寺のことを思い出した。そして日本人の美意識とはかけ離れた(相容れない?)バロックのことを考えた。

もちろんこういうものを悪趣味の一言で片付けるのは簡単だが、陳列派の自分としては、これらの画像から学び取るべきものは少なくないような気がする。

三葉虫の新分類について

2011年に出されたアドレインの新分類法。こちらのページにあがっているのがそれだが、これをざっと見て気づいたことを書いてみよう。

まず第一にアグノストゥス目が消えてしまったこと。これまでもアグノストゥス類を三葉虫に含めるべきかどうかについてはいろいろと意見があったようだが、やはり体の作りが決定的に異なっている以上、無理に三葉虫の仲間に押し込むべきでない、というのがアドレインの意見のようだ。

アグノストゥス目のもう一方の柱だったエオディスクス亜目はかろうじて三葉虫綱にとどまり、それ自体が目に昇格(?)してエオディスクス目(Eodiscida)となっている。

あと消えてしまった目としては、プティコパリア目があげられる。もともとこのプティコパリア目は雑多な種類の寄り合いみたいなグループで、これといって明確な特質があったわけでもなく、所属の不明なものをまとめて放り込んでいただけのものだから、その存在理由を科学的に検証されるとボロが出てくるのは致し方ない。所属不明のものをむりやりひとつにまとめるよりも、不明なものは不明にしておくほうが科学的には妥当である、という理由から(?)、かつてこの目に属していた多くの科が「未確定・目」(Order Uncertain)に編入されている。

新設されたものにアウラコプレウラ目、オレヌス目がある。またリカス目としてまとめられることの多かったリカス類とオドントプレウラ類はそれぞれ独立して一つの目を形成している。ハルペス目からはハルピデス科が外されて、単一のハルペス科を擁するのみとなった。

アドレインの新分類は、従来のものと比べても見やすく、分りやすいので、今後は徐々に広まっていくのではないかと思うが、やはりいちばんの難点は Uncertain の存在だろう。「未確定」というのはあってもいいと思うが、それがあまりに多くの科を擁するのでは都合がわるくはないか。この点はさらなる研究に俟つほかない。

上に貼りつけた原資料はおそらく見づらいと思うので、下に補足的なリストを出しておく。はてなブログの書式ではおそらくレイアウトが崩れてかえって見づらくなるだろうから、必要とあらばコピー&ペーストで対応してもらえればと思う。


Trilobita(三葉虫綱)


     * * *


Eodiscida(エオディスクス目)

!--- Calodiscidae(カロディスクス科)
!--- Eodiscidae(エオディスクス科)
!--- Hebediscidae(へべディスクス科)
!--- Tsunyidiscidae(ツニディスクス科)
!--- Weymouthiidae(ウェイマウシア科)
!--- Yukoniidae(ユコニデス科)


     * * *


Redlichiida(レドリキア目)

!- Olenellina(オレネルス亜目)

!-- Olenelloidea(オレネルス超科)
!--- Olenellidae(オレネルス科)
!--- Holmiidae(ホルミア科)

!-- Fallotaspidoidea(ファロタスピス超科)
!--- Archaeaspididae(アルケアスピス科)
!--- Fallotaspididae(ファロタスピス科)
!--- Judomiidae(ユドミア科)
!--- Neltneriidae(ネルトネリア科)
!--- Nevadiidae(ネヴァディア科)

!- Redlichiina(レドリキア亜目)

!-- Ellipsocephaloidea(エリプソケファルス超科)←プティコパリア亜目より移動
!--- Agraulidae(アグラウロス科)
!--- Bigotinidae(ビゴティナ科)
!--- Ellipsocephalidae(エリプソケファルス科)
!--- Estaingiidae(エスタンギア科)
!--- Palaeolenidae(パレオレヌス科)
!--- Yunnanocephalidae(ユンナノケファルス科)

!-- Emuelloidea(エムエラ超科)
!--- Emuellidae(エムエラ科)

!-- Paradoxidoidea(パラドキシデス超科)
!--- Centropleuridae(ケントロプレウラ科)
!--- Paradoxididae(パラドキシデス科)
!--- Xystriduridae(キシストリドゥラ科)

!-- Redlichioidea(レドリキア超科)
!--- Abadiellidae(アバディエラ科)
!--- Chengkouaspididae(チェンコウアスピス科)
!--- Dolerolenidae(ドレロレヌス科)
!--- Gigantopygidae(ギガントピグス科)
!--- Kueichowiidae(ケイチョウイア科)
!--- Mayiellidae(マイエラ科)
!--- Menneraspididae(メネラスピス科)
!--- Metadoxididae(メタドキシデス科)
!--- Redlichiidae(レドリキア科)
!--- Redlichinidae(レドリキナ科)
!--- Saukiandidae(サウキアンダ科)
!--- Yinitidae(イニテス科)


     * * *


Corynexochida(コリネキソクス目)

!- Corynexochina(コリネキソクス亜目)
!--- Chengkouiidae(チェンコウイア科)←ELL
!--- Corynexochidae(コリネキソクス科)
!--- Dinesidae(ディネスス科)
!--- Dolichometopidae(ドリコメトプス科)
!--- Dorypygidae(ドリピゲ科)
!--- Edelsteinaspididae(エデルスタイナスピス科)
!--- Jakutidae(ヤクトゥス科)
!--- Oryctocephalidae(オリクトケファルス科)
!--- Zacanthoididae(ザカントイデス科)

!- Illaenina(イレヌス亜目)
!--- Illaenidae(イレヌス科)
!--- Panderiidae(パンデリア科)
!--- Styginidae(スティギナ科)
!--- Tsinaniidae(ツィナニア科)

!- Leiostegiina(レイオステギウム亜目)
!--- Illaenuridae(イレヌルス科)
!--- Kaolishaniidae(カオリシャニア科)
!--- Leiostegiidae(レイオステギウム科)
!--- Shirakiellidae(シラキエラ科)


     * * *


Lichida(リカス目)

!--- Lichakephalidae(リカケファルス科)
!--- Lichidae(リカス科)


     * * *


Odontopleurida(オドントプレウラ目)

!--- Odontopleuridae(オドントプレウラ科)


     * * *


Phacopida(ファコプス目)

!- Phacopina(ファコプス亜目)

!-- Acastoidea(アカステ超科)
!--- Acastidae(アカステ科)
!--- Calmoniidae(カルモニア科)

!-- Dalmanitoidea(ダルマニテス超科)
!--- Dalmanitidae(ダルマニテス科)

!-- Phacopoidea(ファコプス超科)
!--- Phacopidae(ファコプス科)
!--- Pterygometopidae(プテリゴメトプス科)

!-- Uncertain(未確定・超科)
!--- Diaphanometopidae(ディアファノメトプス科)←ダルマニテス超科より移動
!--- Prosopiscidae(プロソピスクス科)←同上

!- Cheirurina(ケイルルス亜目)
!--- Cheiruridae(ケイルルス科)
!--- Encrinuridae(エンクリヌルス科)
!--- Pliomeridae(プリオメラ科)

!- Calymenina(カリメネ亜目)
!--- Bathycheilidae(バティケイルス科)
!--- Bavarillidae(バヴァリラ科)
!--- Calymenidae(カリメネ科)
!--- Homalonotidae(ホマロノトゥス科)
!--- Pharostomatidae(ファロストマ科)


     * * *


Proetida(プロエトゥス目)

!--- Proetidae(プロエトゥス科)
!--- Tropidocoryphidae(トロピドコリフェ科)


     * * *


Aulacopleurida(アウラコプレウラ目)新設。旧アウラコプレウラ超科を補充・拡張

!--- Alokistocaridae(アロキストカレ科)←PTY
!--- Aulacopleuridae(アウラコプレウラ科)
!--- Bathyuridae(バティウルス科)←BAT
!--- Brachymetopidae(ブラキメトプス科)
!--- Crepicephalidae(クレピケファルス科)←PTY
!--- Dimeropygidae(ディメロピゲ科)←BAT
!--- Ehmaniellidae(エーマニエラ科) 新設?
!--- Holotrachelidae(ホロトラケルス科)←BAT
!--- Hystricuridae(ヒストリクルス科)←BAT
!--- Marjumiidae(マルユミア科)←PTY
!--- Rorringtoniidae(ロリントニア科)
!--- Scharyiidae(スカリア科)←PRO
!--- Solenopleuridae(ソレノプレウラ科)←PTY
!--- Telephinidae(テレフィナ科)←BAT
!--- Tricrepicephalidae(トリクレピケファルス科)←PTY


     * * *


Asaphida(アサフス目)

!-- Asaphoidea(アサフス超科)
!--- Asaphidae(アサフス科)
!--- Ceratopygidae(ケラトピゲ科)

!-- Cyclopygoidea(キクロピゲ超科)
!--- Cyclopygidae(キクロピゲ科)
!--- Nileidae(ニレウス科)
!--- Taihungshaniidae(タイフンシャニア科)

!-- Trinucleoidea(トリヌクレウス超科)
!--- Alsataspididae(アルサタスピス科)
!--- Dionididae(ディオニデ科)
!--- Liostracinidae(リオストラキナ科)
!--- Raphiophoridae(ラフィオフォルス科)
!--- Trinucleidae(トリヌクレウス科)


     * * *


Olenida(オレヌス目)新設。旧オレヌス亜目を整理・拡張

!--- Andrarinidae(アンドラリナ科)←ANO
!--- Aphelaspididae(アフェラスピス科)←ANO
!--- Asaphiscidae(アサフィスクス科)←PTY
!--- Cedariidae(ケダリア科)←PTY
!--- Dokimokephalidae(ドキモケファルス科)←COR
!--- Eulomidae(エウロマ科)←PTY
!--- Idahoiidae(アイダホイア科)←REM
!--- Loganellidae(ロガネルス科)←DIK
!--- Olenidae(オレヌス科)
!--- Parabolinoididae(パラボリノイデス科)←ANO
!--- Pterocephaliidae(プテロケファリア科)←ANO
!--- Remopleurididae(レモプレウリデス科)←REM


     * * *


Harpida(ハルペス目)

!--- Harpetidae(ハルペス科)


     * * *


Uncertain(未確定・目)

!--- Acrocephalitidae(アクロケファリテス科)←PTY
!--- Aldonaiidae(アルドナイア科)←ELL
!--- Amgaspididae(アムガスピス科)←COR
!--- Anomocarellidae(アノモカレラ科)←ANO
!--- Anomocaridae(アノモカレ科)←ANO
!--- Antagmidae(アンタグムス科)←PTY
!--- Atopidae(アトプス科)←PTY
!--- Auritamidae(アウリタマ科)←REM
!--- Avoninidae(アヴォニナ科)←PTY
!--- Bolaspididae(ボラスピス科)←PTY
!--- Catillicephalidae(カティリケファラ科)←PTY
!--- Changshaniidae(チャンシャニア科)←PTY
!--- Cheilocephalidae(ケイロケファルス科)←LEI
!--- Conocoryphidae(コノコリフェ科)←PTY
!--- Damesellidae(ダメセラ科)←DAM
!--- Diceratocephalidae(ディケラトケファルス科)←PTY
!--- Dikelocephalidae(ディケロケファルス科)←DIK
!--- Ellipsocephaloididae(エリプソケファロイデス科)←OLE
!--- Elviniidae(エルヴィニア科)←PTY
!--- Eurekiidae(エウレキア科)←DIK
!--- Harpididae(ハルピデス科)←HAR
!--- Holocephalinidae(ホロケファリナ科)←PTY
!--- Hungaiidae(フンガイア科)←REM
!--- Ignotogregatidae(イグノトグレガトゥス科)←PTY
!--- Inouyiidae(イノウイア科)←PTY
!--- Isocolidae(イソコルス科)←PTY
!--- Ityophoridae(イティオフォルス科)←PTY
!--- Jamrogiidae(ヤムロギア科)新設
!--- Kingstoniidae(キングストニア科)←PTY
!--- Lisaniidae(リサニア科)←TRI
!--- Llanoaspididae(ラノアスピス科)←PTY
!--- Lonchocephalidae(ロンコケファルス科)←PTY
!--- Lorenzellidae(ロレンツェラ科)←PTY
!--- Mapaniidae(マパニア科)←PTY
!--- Menomoniidae(メノモニア科)←PTY
!--- Missisquoiidae(ミシスコイア科)←IS
!--- Monkaspididae(モンカスピス科)←ASA
!--- Namanoiidae(ナマノイア科)←IS
!--- Nepeidae(ネペア科)←PTY
!--- Norwoodiidae(ノルウッディア科)←PTY
!--- Onchonotopsidae(オンコノトプシス科)←PTY
!--- Papyriaspididae(パピリアスピス科)←PTY
!--- Phylacteridae(フィラクテルス科)←PTY
!--- Plethopeltidae(プレトペルティス科)←PTY
!--- Polycyrtaspididae(ポリキルタスピス科)←IS
!--- Proasaphiscidae(プロアサフィスクス科)←PTY
!--- Ptychaspididae(プティカスピス科)←DIK
!--- Ptychopariidae(プティコパリア科)←PTY
!--- Raymondinidae(ライモンディナ科)←BAT
!--- Rhyssometopidae(リソメトプス科)←ASA
!--- Sarkiidae(サルキア科)←IS
!--- Shirakiellidae(シラキエラ科)重複? レイオステギウム亜目に既出
!--- Shumardiidae(シュマルディア科)←PTY
!--- Sunaspididae(スナスピス科)←IS
!--- Utiidae(ウティア科)←PTY
!--- Wuaniidae(ウアニア科)←PTY


(略号)
ELL:エリプソケファルス超科より
PTY:プティコパリア超科より
BAT:プロエトゥス亜目バティウルス超科より
PRO:プロエトゥス亜目プロエトゥス超科より
ANO:アサフス目アノモカレ超科より
COR:コリネキソクス超科より
REM:アサフス目レモプレウリデス超科より
LEI:コリネキソクス目レイオステギウム超科より
DAM:リカス目ダメセラ超科より
DIK:アサフス目ディケロケファルス超科より
OLE:プティコパリア目オレヌス超科より
HAR:ハルペス超科より
TRI:アサフス目トリヌクレウス超科より
IS :Incertae Sedis(不定科) より
ASA:アサフス目より

ケラトヌルスの一種

ディクラヌルスのあとはこれしかないでしょ、というわけで買ったのが本種。アイデンティティが揺らぐほど高い買い物だったが、これにはミラスピスの後押しもあった。というのも、ケラトヌルスはいろんな点でじつによくミラスピスに似ていて、ほとんど直系の子孫かと思うほどなのだ。ミラスピスはあまりいい標本が手に入らなかったが、それだけに不満がたまっていたらしく、今回ケラトヌルスが出ているのを見て一も二もなく飛びついてしまった。ボヘミアの仇をオクラホマで討つ(?)というほど執念深くはないつもりだが……


Ceratonurus sp.


もちろん似ているといっても別種だから当然違いはある。それらをあげてみると──

と思ったが、書いてもあまり意味がなさそうだからやめた。その気になればすぐに調べられるしね。それより両者のいちばん気になる違いについて書こう。

ケラトヌルスはミラスピスの特徴をほとんどすべて承け継いでいるが、ひとつだけ、後者にあって前者にないのが各胸節のサブの棘だ。これはメインの長い棘の前方についている短い棘で、細かいヒゲが生えている。ミラスピスの標本にはこれがはっきり認められるが、ケラトヌルスではこれが見えない。というか、この部分は剖出されずに母石に埋まったままになっている。かろうじて根っこの部分が確認できるのみだ。

これはケラトヌルスにかぎらず、ブラックキャットマウンテンで産出する他のトゲトゲ種についてもいえることで、ディクラヌルスもレトプルシア(Laethoprusia)もサブの棘は剖出されないままになっている。これはいったいどういうわけだろうか。御大(ボブ・キャロル)に訊ねてみると、どうもこういう答えが返ってくるようだ。

「サブの棘ですか。それはあることはありますよ。私がこの目で母岩中に確認していますからね。ただこれをクリーニングするとなると、なかなかやっかいでね。メインの棘のほうを台無しにする覚悟ならできないこともないが、私はそういうことはやらない主義なんです。ただでさえ貴重な原石を無駄にはしたくないんでね」

ボブ・キャロルにできないのなら、他のプレパレーターにもまず無理だろう。サブの棘は潜勢としてのみ存在する、と思うほかない。


     * * *


ケラトヌルスという名称の由来について書いておくと──

1883年に、オットマル・ノヴァーク(バランドの唯一の直系の弟子)がデボン紀ボヘミア産のオドントプレウラ科の新種をアキダスピス・クレイチイ(Acidaspis krejcii)として記載。

1949年に、プラントルとプルシビルが同種をケラトヌルス・クレイチイとして再記載。


Ceratonurus krejcii(8番目の画像。プラハ国立博物館にある頭蓋の標本)


ケラトヌルスという名前がもとはボヘミア種につけられたというのは私には意外であるとともにうれしいことだ。なんといっても私の本拠地はボヘミアにあるので、オクラホマはその出張所といった位置づけなのである。

ボヘミアではクレイチイ以外にも何種類かケラトヌルスが見つかっているようだが、いずれも頭部の部分化石のみで、全身揃ったのは出ていないようだ。ドイツの下部デボン系から出る Ceratonurus selcanus (Roemer) などもおそらく同様。

これら部分化石のケラトヌルスにはほとんどすべて種名がついているが、全身揃っているオクラホマ産やモロッコ産のケラトヌルスにはどういうわけか種名がついていない。研究よりも先に商品として世に出てしまったからだろうか? 

いずれにしても、「我輩はケラトヌルスである。名前はまだない」では落ち着きがわるいので、早いところなにか名前をつけてやってほしいと思う。私が好きなのは insignis(抜きん出た、極めつきの)とかそういったものだが、こんなご大層な名前はいまどき流行らないのかもしれない。

ケラトヌルスという属名については、その語源がはっきりしないが、ceras(角)の複数属格 ceraton に urus をつけたものではないかと思う。


     * * *


ディクラヌルスとケラトヌルスが揃ったことで、私のオクラホマ三葉虫探求はとりあえず終ってしまった。そのほかのものは「どうしても欲しい」というほどではない。とはいうものの、ジョージ・ハンセンの「ブラックキャットマウンテンの三葉虫」を読むと、一般種から超稀少種まで、この地のものすべてに愛着が湧いてくる。この本はそれほど魅力的で、なによりも全体がアマチュア精神で貫かれているのがすばらしい(専門家でないということと、愛好家であるという二重の意味で)。

「露頭で見つかる化石の大部分は脱皮殻で、完全体などはめったに出やしない。そういっても、部分化石だって捨てたものじゃない。げんに我が家の本棚や窓台には、こういった半端ものの化石がいっぱい飾ってあるよ」

こういうさりげない一節にシンパシーをおぼえるのは私だけだろうか。

ブラックキャットマウンテンというのはオクラホマのデボン系、ハラガン層とボア・ダルク層を含む一帯のことだが、オクラホマにはそれ以外にヘンリーハウス層というシルル紀の地層があって、ここからはカリメネやフラギスクトゥムが出るらしい。またブロマイド層(オルドビス系)からはロンコドマスほか各種の三葉虫が出るようだ。そのほかにも私の知らないなんとか累層というのがオクラホマには山ほどあって、もちろんすべてが化石を産するわけではないけれども、それでもオクラホマ全体の化石動物相はかなりの偉観を呈するのではないかと思われる。


企画展「三葉虫の謎 II」を見終えて

立松コレクションは2000種の標本からなっているらしい。標本2000種といわれてもあまりピンとこず、「もってる人はそれくらいもってるだろうサ」くらいの認識なのだが、これは2000という数字を少なく見積もりすぎることからくる。たとえば2000冊の本、2000枚のCDといえばたいした数ではない。その程度の数をもっている人はざらにいる。しかしこれが化石標本となるとまったく話は違ってくる。

2000種を2000個と単純に考えて、50年間でそれだけ集めるとすると、一年間に40個集めなければならない計算になる。年間40個ということは、月にすると3、4個、つまりほぼ週一ペースで化石を手に入れつづける必要があるのだ。これがいかに至難の業であるかは、化石蒐集に興味のある人にはすぐにわかるだろう。ましてやそれが博物館級のものを多数含むのであってみれば!


     * * *


今回は写真撮影OKとのことだったのでカメラ持参で行ったが、一枚写したらもう撮る気がしなくなった。私のカメラと撮影技術とではまともな写真は撮るのはむりだと悟ったからだ。まともでない写真は見ているだけで苦痛なので、写真撮影は諦めた。


一枚だけ撮った写真


ところで、写真というのは真を写すといいながら、じつはそうではない。というのも、サイズが自由に変えられるからだ。そして化石標本においてはサイズというのはけっこう重要な要素なのである。


     * * *


写真をとらないとなると、「目に焼きつける」方式しか残っていないが、私にはこれが性に合っている。なんとなく、ぼんやり記憶に残っている、というのが好きなのである。

ダドリー虫とかダドリーのこおろぎとか呼ばれたカリメネ・ブルーメンバキ。今回これの現物を初めて目にしたのだが、どうも私のなかではっきりとした像を結んでくれない。ひとことでいって、捉えどころがないのだ。

ブルーメンバッハのカリメネは18世紀の英国ではすでにある種の文化的イコンとなっていたらしい。そして、ダドリーで多産するとはいうものの、まっすぐ伸びた完全体は意外に稀少だったようで、そういったものが見つかると、かなりの高値で売買されたというから、今日の状況とあまり変らない。

50年前に出た保育社の化石図鑑を見ると、カリメネ・ブルーメンバキの写真が出ている。ところが、産地を見るとイリノイ州のグラフトンとある。イリノイから出るカリメネならブルーメンバキではなくケレブラなのでは? と思ってもう一度写真を見直すが、私にはこれがケレブラなのか、ブルーメンバキなのか判別がつかないのだ。

そのカリメネ・ケレブラも会場に展示されていた。たしか三体ほど載っていて、母石ともどもまっしろで美しい。ディテイルもはっきりしていて、思わず見入ってしまう。

まっしろの三葉虫ということでいえば、ロシア産の石炭紀パラディン(グリフィチデス?)がすばらしかった。まるで磁器でできたフィギュアのようで、私はこういうのに弱い。これなら多少の修正はあってもいいと思う。化石標本というよりはほとんど美術品に近いのだから。


     * * *


頭に大きな角のはえたロシアのケイルルスがターンテーブルの上でくるくる回っている。これを見たとたん、往年の大悪獣ギロンを思い出した。子供のころは怪獣が好きだったが、その嗜好が紆余曲折をへて現在の化石愛好につながっているのだろうか。

その可能性はおおいにあると思う。なんといっても三葉虫そのものが、化石のなかでは感情移入衝動にいちばんよく適合しているのだから。そして子供のころに怪獣のおもちゃで遊んだことのない女性にとって、三葉虫の魅力がいまひとつ理解できないらしいのも無理はないな、と思うのである。


     * * *


規格外のサイズのものもあった。たとえばロシアのプリオメラ。6cmくらいあって、気味がわるいほどでかい。その横に同じくらいの大きさの丸まった個体があったが、私は丸まった三葉虫はあまり好かないので見過ごした。ところが、あとでチラシをみると、プリオメラ特有の歯のようなギザギザに尾棘の先端がきっちり食い込んでいるではないか。これはちゃんと見ておくべきだった。

あと、英国産のスパタカリメネ。これはアメリカ産のものはネットなどでおなじみだが、英国でも産出していたとは驚きだ。これまたサイズがでかくて、5cmくらいはあったと思う。こういうものは今ではまったく出ないのではないか。

ニューファンドランドのパラドキシデスは二種類展示されていて、そのうちのひとつ、フォルヒハンメリ(forchhammeri)というのが25cmくらいあって驚かされる。これはあまりに大きいので三葉虫というよりは平べったい魚にみえる。

カナダのドン・マッケイという詩人がニューファンドランドのパラドキシデスを題材にした詩を書いていて、そのなかに for they are elegant and monstrous という詩句が出てくる。パラドキシデス(矛盾したもの、の意あり)にはうってつけの表現だ。


     * * *


ガーヴァン、ゲース、ゴトランドといった歴史的産地のものはたしかに異彩を放っているし、私の関心の的でもあるのだが、純粋に化石標本として見た場合どうだろう。やはり地味で、一般的な興味は惹かないのではないか。ざっとひととおり見たあとで、キベロイデスやカリコスクテルムを記憶に留めている人が何人いるだろうか。

とはいうものの、私にはこういった産地のものは依然として魅力的だ。というのも、これら歴史的産地は欠点さえも魅力に変えてしまうような特別な場所だからである。私は権威主義に陥っているのだろうか。歴史的価値に目をくらまされているのだろうか。そういうこともあるかもしれないが、もしこれが迷夢だとするなら、この迷夢から覚めるときは、三葉虫という夢の総体から目覚めるときでもあるだろう。

椎野先生の講演(後半)

後半の論題は「外への平滑化」というので、外面の平滑な三葉虫の例としてハイポディクラノタス(Hypodicranotus striatulus)が採り上げられます。これは会場でも展示されていましたが、小さくて地味なので見過ごした方も多いのではないでしょうか。私も講義を聴いてからもう一度会場へ引き返してあらためて見直した口です。うつ伏せと仰向きと、二種類展示されていて、仰向きのほうにはしっぽの先まで延びた長大なハイポストマがたしかに確認できました。産地は見落としましたが、たぶんニューヨークのウォルコット採石場から出たものだと思います。

このハイポディクラノタスはレモプレウリデス科に属する、いわゆる遊泳性の三葉虫です。キクロピゲやアンピクスなど、遊泳性といわれる三葉虫はどれも平滑な外殻をもっていますが、このハイポディクラノタスの特徴である、異様に長いハイポストマはいったいどういう役割を担っていたのでしょうか。

椎野先生はそれを調べるために、コンピュータ・シミュレーションによる流体解析の実験を行います。そして、この長大なハイポストマが、えさを削り取ったり獲物を押さえつけるために使用されたのではなく、遊泳のさいに水の抵抗を低減し、揚力を安定させるための器官であることを発見します。どうも、このフォークのような器官があるとないとでは、水流の安定度がかなり違ってくるらしいのです。

さらにくわしく見てみると、この二又フォークの中央と側面とに逆流が発生するらしいのですが、中央部分の逆流はえさを口に運ぶのに使われ、側面での逆流は呼吸のために役立ったのではないか、ということです。つまりこの三葉虫は、水中を優雅に泳ぎながら、摂食と呼吸とを同時に行っていたのではないか、というのです。推定遊泳速度は秒速20cm。

さて、この種にかぎらずレモプレウリデス科の三葉虫はどれも頭の側面についた横長の眼をもっているのですが、どうもこの眼の形態は遊泳に特化したものではないそうです。というのも、実験の結果、遊泳のさいに眼のまわりに乱流が発生することが分ったからで、それにもかかわらずこういうタイプの眼をもつにいたったのは、それが遊泳のさい必要となる視覚情報をもっとも効率よく得ることができる形態だったためではないか、というのが椎野先生の考えのようです。さらにこの眼を構成するひとつひとつのレンズはおそろしく小さいらしく、極小レンズの高密度集積体であるこのタイプの眼が非常に高性能なものであったことも分っているらしいのです。

なめらかな外殻をもつ流線型の生き物が遊泳に適していることはわれわれにも感覚的に理解できますが、それがこういう実験の結果、実証的に明らかになった、というわけです。

機能美という観点からすると、機能的な進化をとげたハイポディクラノタスははたして美しいかどうか、という問題が出てきますが、どうでしょう。

椎野先生はある種のステルス型戦闘機のように美しい、と表現されたように記憶していますが、いわれてみればたしかにアンピクスやトリヌクレウスにもそういった趣はあります。SF的、未来的なデザインの三葉虫の一群がたしかに存在するのです。そのいっぽうで、ハイポディクラノタスを見て、台所の嫌われ者であるコックローチを思い浮べる人も多いのではないでしょうか。

最後に、三葉虫全般の形態について、かんたんに書いておきます。

三葉虫カンブリア紀に出現し、ペルム紀に絶滅します。形態的にみると、カンブリア紀三葉虫はどれも似たようなデザインで、その方面での多様性は低いのです。オルドビス紀に入ってから形態的な多様性は増大し、デボン紀末期にピークに達したあと、石炭紀にはふたたびカンブリア紀のような形態的な一様性に戻ります。というのも、デボン紀末の大絶滅を潜り抜けて生き延びたのはプロエトゥス目だけなので、この目の三葉虫はもともとシンプルなデザインのものばかりなのです。たまたま生き残ったのがシンプルなデザインのものだったのか、シンプルなデザインだったから生き残ることができたのか、そのあたりのことはよく分りません。

カンブリア紀三葉虫は海洋中のあるニッチを独占し、そこから動こうとしなかったから形態的に一様なものとなった。オルドビス紀以降、生活環境が多様化するにつれて、形態的にも多様性をもつようになった。石炭紀以降は、魚をはじめとする他の生物の勢いに押し捲られて、ふたたびあるニッチに追いやられた結果、形態的には一様なものにとどまった、というのがおおまかな流れでしょうか。