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ディプレウラ・デカイ

デボン紀ニューヨークの産。ご覧のとおりコンポジットものだが、不自然さを感じさせないようにうまく貼り合せてある。上から見るとじゃっかん頭部が大きく、全体が寸詰まりのようだが、そんなことを気にしても始まらない。なにしろコンポジットなのだから……

いやむしろ、これだけ質感のいい標本が安く手に入ったことを喜びたい。私も現物を見るまでは、本種がここまでみごとな外殻(形相、質料ともに)をもっているとは知らなかった。三葉虫好き、ホマロノトゥス好きなら涎を垂らして喜びそうなしろもの(体長:13㎝)。


Dipleura dekayi


とにかくどこから眺めても「ほう……」とか「すごい!」という言葉しか出てこない。これを文章化して褒め称えるには、Fっしる店長並みの文才が必要だ。







     * * *


次にホマロノトゥス類について少し書いておこう。


オルドビス紀前期に共通祖先である(とみなされている)Bavarilla ofensis (Barrande, 1868) が出現。これから五つの系列が分岐した。

1.未定亜科
これは Leiostegina 属を出したのみで、オルドビス紀後期に絶滅。

2.エオホマロノトゥス亜科
ここからはまず Eohomalonotus が出て、シルル紀の Brongniartella 、デボン紀の Homalonotus と続いたが、デボン紀中期で絶滅。

3.ケルフォルネラ亜科
ここからはケルフォルネラほかが出たが、オルドビス紀後期に絶滅。

4.ホマロノトゥス亜科
ここからはまず Platycoryphe が、ついで Digonus が出て、Parahomalonotus、Wenndorfia、Burmeisterella、Scabrella などが輩出したが、デボン紀中期で絶滅。

5.トリメルス亜科
ここからはシルル紀に Trimerus が、ついでデボン紀に Dipleura とBurmeisteria が出た。デボン紀後期に絶滅。


(参考ページ:Famille des Homalonotidae (Chapman, 1890) - Nach Taxon / By taxon - TRILOBITA.DE - Die Diskussions-Plattform für Trilobiten-Freunde

リカス! リカス!

前にも書いたように、私のコレクションにはリカス成分が決定的に不足している。なんとかならないもんかとつねづね思っているのだが……

──リカス、リカスと叫んで呼べば、リカスがくる。

ほんとですかね、そんなうまい具合にいくのかしら。

さて、リカスの魅力はどんなところにあるか。故ボンメル氏によれば、それは稀少性と怪物性だという。なるほど、そうかもしれん。見た目の異様さと、数の少なさ(つまり手に入れにくさ)と。

ところで、私の知っているリカスは、たとえばアカントピゲだとか、アルクティヌルスだとかの、比較的大きめの種類が多い。大きさというのは、怪物性と相関関係にあるもので、巨怪なんて言葉もあるように、大きければ大きいほど怪物性も増すのである。これの典型がニューヨークで産するテラタスピスで、稀少性と怪物性に加えて、サイズのほうもマックスに達している(60センチ弱)。


巨大三葉虫テラタスピスの頬棘(「ニューヨークの三葉虫」より)

Largest Trilobitesより転載


そこまで大きいのはいらないが、まあ少なくとも10㎝くらいはないとリカスらしくないよなあ、と思いながら図鑑類を見るに、意外や、入手可能なリカスの大部分は数センチという小ささなのである。1㎝前後というのも珍しくない。こどものリカスだと思って軽んじていたモロッコのロボピゲなんかはむしろ大きいほうに属する。リカスにはある程度のサイズがほしい、という私の願望にかなうのは、稀少なリカスのうちの、さらに稀少なごく一部のようだ。

稀少中の稀少。うーん、困ったな、そんなものはまず手に入らないぞ。

まあいい、1㎝ほどのリカスを10個あつめてリカス濃度を上げるより、それひとつあれば群小リカス10個分くらいに相当するようなやつを一個手に入れる方が私には合っている。そういうのを数年に一個づつ手に入れて行けばいいんじゃないかな。

というわけで、リカスに関しては金に糸目はつけないことにきめた。「ついにリカス出で来たれり!」と手放しで賞賛できるやつだけ探すことにする。

鬼が笑う話

2016年が暮れようとしている。来年はいよいよロシア三葉虫が解禁になるのだ。なんと、わくわくする話ではあるまいか、と気分の高揚を抑えきれないが、さてじっさい何が欲しい? と訊かれたら、答えにつまるのですな。そりゃまあ欲しいものはいくつもある。スコトハルペス、メトポリカス、パンダスピナピガ、はてはニエシュコフスキアなんていう、名前をきくだにゾクゾクするような三葉虫はいくつもある。しかし自分に手の届く範囲で、さて何を買うかとなると、意外にその数は限られてくる。限られてくるどころか、ほんの二、三種しかないんじゃないかという気がする。

その二、三種をあげてみようか、と思ったが、来年のことをいえば鬼が笑うというし、取らぬ狸になってもつまらない。

まあことが順調にすすんで、その二、三種を手に入れることができたとしよう。これで私のロシア三葉虫探求が終るかといえば、たぶんそんなことはない。先へ行けば行くほど新たな眺望が開けてくるのがこの世界の常なのだ。

SPPLとMFが共同で出したロシア三葉虫の図鑑を眺めていると、ケルムスという異様な三葉虫が目についた。標本の写真はなく、ヴォルボルトの論文から抜いたイラストだけが出ている。写真も出せないほど稀少なものなのか、と思ってネットで検索してみると、あるところにはあるんですな。それも売り物になっている。ほほう、と思いつつ値段をみると、に、にひゃくごじゅうまんえん!?

ちなみに大きさは15㎜ほどらしい。

これをバカバカしいとみるか、すばらしいと思うか。

いまの私は前者だが、いずれ後者に傾くときが必ずくる。そうでなければ嘘だと思う。ロシア三葉虫探求とは、つまるところ15㎜の虫の化石に250万円をはたいて悔いない境地にいたるまでの長い長い道のりなのである。


(追記)
あらためてよくよく見たら、25万円でした。そりゃそうですよね……
桁をまちがえても気がつかないところに、私の病みっぷりがあらわれてますね。

幻の三葉虫

信山社発行の「世界の三葉虫」(進化生研ライブラリー1)は、もう20年以上も前の出版物でありながら、いまでも新本で買えるところがすごい*1。内容は一部古びてしまっているところもあるが、その反面、今では入手しがたい種類や、出所の怪しげな珍品も紹介されているので、たまに開いてみると思わぬ発見があって楽しい。

本書は分類にベルグストレームの方法を採用している。これはこんにち一般に行われているものとはちょっと違っているので、その点は注意が必要だ。アサフスがレドリキア目に入っているのを見て、「これはまちがいだ!」と思わないように。そういう分類もまたありうるのである。

さて、この本の46ページにパラディン・コスカ(Paladin koska)というのが紹介されている(石炭紀前期、ベルギー産)。標本はなんとなくクシャクシャした感じだが、私はこのパラディン・コスカという名前が妙に気に入って、石炭紀の白い三葉虫を見かけるたびにこの名前を思い出していた。しまいにはパラディンとくればコスカという名前しか思い浮ばなくなってしまった。

最近になってパラディンを二つ手に入れたので、あらためてこのパラディン・コスカについて調べてみたところ、驚いたことに、そんな名前の三葉虫は存在しないようなのだ。少なくともコスカという名前と三葉虫とのあいだにいかなる接点もない。私の気に入りであるパラディン・コスカは、現実には存在しない、幻の三葉虫なのだろうか。

たしかにコスカという名の三葉虫はいないが、カスキア(kaskia)ならば存在する。パラディンの仲間は一部カスキアとも呼ばれている。そこで考えられるのは、Paladin (Kaskia) を読み誤って、Paladin koska としたのではないか。どうも本書の他の部分から推し量るに、その手の誤りが絶無とはいいきれないのだ。

金子隆一の「ぞわぞわした生きものたち」の89ページには、「ペルム紀後期の最後の三葉虫」として、カスフィアというのが紹介されている。このカスフィアというのも、私が調べたかぎりでは特定できなかった。これまたカスキアの読み誤りもしくは書き損じではないかと思っている。

というわけで、なかなかちゃんと読んでもらえないカスキアだが、このカスキアなる三葉虫、じつのところ市場にほとんど姿をみせない、文字どおり幻の三葉虫のようなのである。尾板だけならそこそこ出るようだが、完全体はほとんど出ないのではないか。ミズーリアラバマインディアナなど、おもにアメリカで産出する種類のようだ。

AMNH のページにはこれの完全体の画像が二枚出ている。これがどれほど貴重なものか、三葉虫ファンでも知らない人が多いのではないか。私もつい一時間前までは知らなかった。三葉虫という狭い領域ですら、知らないことは次から次へと出てくる。それはまた、楽しみがそれだけ次々に出てくるということでもある。


世界の三葉虫 (進化生研ライブラリー)

世界の三葉虫 (進化生研ライブラリー)

*1:いま見たらアマゾンでは在庫がなくなっているようだが、一時的な品切と思われる。そうであることを望む

ギターラ・ギタリフォルミス

黒いパラディンのおまけでついてきたもの。こういうおまけは非常にありがたい。というのも、ギターラなんていう種類を積極的に買おうという気にはなりにくいし、買う気になったとしても、なかなか満足のいく標本を見つけるのはむつかしいだろうから。

今回のものは、売り物になるレベルかどうかは怪しいものの、大きさ、保存状態、それに標本全体の雰囲気も含めて、けっこういい線をいってるのではないか。付属のカードには「FIND 05/05/05」と書いてある。10年ほど前にランカシャーの石炭系で採取された標本のようだ。大きさは完全体だとすると23㎜ほど。


Gitarra gitarriformis




尾部は完全、胸部は下の方の6節、頭部はいわゆる頭蓋(cranidium)が分離されたかたちで残っている。これだけ見ると、エルラシアのような平坦な種類のようだが、じっさいはどうだったろうか。完全体を図鑑などで見ると、平坦は平坦でもやはりプロエトゥスらしい形は保っている。


Lawrance & Stammers, Trilobites of the World, p.71


余談ながら、Gitarra という名前を見ると、森鴎外カルデロンの戯曲を訳した「調高矣洋絃一曲」を思い出す。これは「しらべはたかしギタルラのひとふし」と訓むので、ギターを弾いている弟の横で「しらべはひくし……」などといってふざけていた学生のころが懐かしい。


     * * *


いちおうこれで石炭紀三葉虫が4種類集まった。品質はともかくとして、自分の好みに合ったものが短期間に手に入ったのは幸運だった。来年はアメリカ産のものが手に入れられればいいと思う。そんなに質は高くなくていいので、今回のギターラくらいのものでじゅうぶんだ。


パラディン・ムクロナトゥス

ちょっと前にコメント欄での返事に「どうしようか迷っている黒いパラディンがある」と書いたが、やっぱり気になったので売り手に問い合せてみたところ、「あれよりいいのがある。欲しいなら譲るよ」と別の標本二個の写真を送ってくれた。

まあたしかにそれらは保存もいいし、見栄えもする。いかにも、もっていて自慢になるような品だ。しかしどういうわけか、私には最初に見た標本がいちばんしっくりくる。これはもう好き嫌いの問題だから、価格の高低、価値の有無は関係ない。

というわけで手に入れたのが下の画像のもの。


Paladin mucronatus




名前は例によってあやふやだが、イギリス北部のダラム州アイアショープバーンで産するパラディンといえばおそらくこれ以外にないので、同定にあまり気を使う必要はない。大きさは尾棘の先端まで26㎜。


     * * *


本標本の目につく特徴として、その浮彫のような佇まいがあげられる。本体の片側を削り込んでいって、もう一方は母岩に残したままにするというのが一般的かどうかは知らないが、今回のものに関しては、そのやり方が功を奏しているように思う。「裏の方は剖出しないんですか」と訊いてみたら、「自分の技術ではこれ以上はむり」とのことだった。まあやればできないこともないと思うが、クリーニングのしすぎは標本をつまらなくすることが多いので、とりあえずはこのままにしておこう。

黒い母岩の上で黒光りしているパラディン。それはロシア産の白いパラディンの対極に位置するものだが、ふしぎと上品さを失っていない。中軸はやや荒れ気味だが、頬棘は完全ではないまでも優美に延びているし、名前の由来になった尾棘もちゃんとついている。前縁のテラスライン、それになんといってもこの小ささで個眼が確認できるのがすごい。網の目のようになった、いわゆる完全複眼で、スクテルム類のそれによく似ている。




石炭紀のプロエトゥス類は、シルル紀デボン紀のゲラストスに代表されるような、ずんぐりしたタイプではなくて、フィリップシアの系統に属するスマートな体形のものが多いような気がする。


     * * *


このブログに年頭所感として「今年の目標としてはプロエトゥス類をなにかひとつ手に入れたい」と書いたが、ぎりぎりになってそれが実現したのもふしぎな縁だ。そして、数もひとつどころかすでに四つも手に入れた。ロシアのパラディン、ベルギーのピルトニア、英国のパラディン、それとあとひとつあるが、これは次回にまわそう。

イソコルス・シェーグレニ

本種は成体でも3㎜くらいにしかならないそうだ。3㎜といえばいかにも小さいが、しかしこの夏私の部屋にむやみと湧いたタバコシバンムシを計ってみたら、2㎜ほどだった。タバコシバンムシを知らない人は、ゴマ粒を思い浮べてほしい。2㎜でもそれなりに存在感のあることが分るだろう。3㎜ともなれば、単純に考えてその1.5倍の存在感があるはずなのだ。

というわけで購入したイソコルス・シェーグレニ(Isocolus sjoegreni)。じつはこれは前々から欲しかった。手に入るかぎりでの最小というのはちょっとした誘惑だ。なにも大きいばかりが能ではないので、小さいもののほうがじつは驚嘆に値する場合も少なくないのである。パスカルはダニのうちに有機体としての構造がすべて備わっているのに驚嘆し、そこに一箇の小宇宙を幻視している。今回の標本も、パスカルのダニほどではないにしろ、ルーペでみるその姿はじゅうぶんに驚異的だ。

まずは全体像。標本全体でも爪ほどの大きさしかない。どこになにがあるか、これだけでわかる人いますか?



もう少し大きくしてみよう。左側になにか虫のようなものが見えるでしょう?



さらに大きくした画像。ピンボケ気味なのが残念だが、こんな感じでちゃんと母岩に収まっている。右側の部分は埋もれていたのを掘り出してみた。石質はサクサクと軟らかく、カッターで突くとぽろぽろと崩れてくる。さらにクリーニングを進めることもできるが、このへんでやめにしておいた。クリーニングのしすぎは標本を台なしにすることが多いから。



本体は透明感のあるカルサイトに置き換っていて、その質感は非常に魅力的だ。のみならず、この小ささで微細な構造が鮮明に残っているのは驚くべきことに思われるのだが、どうか。

もちろん、ルーペなしではただのゴミにしかみえないので、いっしょについてきたインチケースに貼りつけておいた。こうでもしておかないと、不注意でゴミ箱に落してしまう可能性もあるのでね。




あと、本体まわりに散見する小さい丸い粒のようなものは、Fっしるさんのページによると、巻貝の一種らしい。たしかにいわれてみればそう見えないこともないけれども、0.1㎜というサイズなので、もしかしたらただの砂利なのかもしれない。

ネットで見られる本種の画像でいちばんきれいなのがこれ→Isocolusだが、たぶん酸化マグネシウムで白く色づけしてあるんだろう。

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本種の産地はスウェーデンのダーラナ県カルホルン(Kallholn)というところで、そのあたりのボダ石灰岩層(オルドビス紀)からは他にもいくつか小さい三葉虫を産する。Ityophorus undulatus や Proetus convexus などがそれで、密集になった標本をよく見かける。こういった群小三葉虫にはこれまであまり注目してこなかったが、イソコルスを手に入れたことで、これらにも無関心ではいられなくなった。……


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イソコルスの特徴として、眼がないことがあげられる。タバコシバンムシにすら眼はあるというのに……いや、まあなんらかの事情で眼を放棄してしまったのだろうが、そのことと関係があるのかどうか、国内有数のコレクター氏のページに、本種の種名 sjoegreni を眼科医のシェーグレンと関連づけた記述がみられる。

私が思うに、この種名のもとになったシェーグレンは19世紀のスウェーデンの地質学者/古生物学者であって、20世紀の眼科医ではない。アンゲリンが本種を記載したのは1854年のことで、そのときは新属ということで、sjoegreni という名前はついていなかったかもしれないが、おそらくその後ほどなくして Isocolus sjoegreni の名で呼ばれるようになったと思われる。ちなみに地質学者のシェーグレンは1851年と1871年に三葉虫に関する論文を発表している。